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【特集】

乳幼児は顔を区別する

山口真美
中央大学文学部 教授

山口真美(やまぐち まさみ)

Profile─山口真美
1995年,お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻単位取得退学。博士(人文科学)。ATR人間情報通信研究所研究員,福島大学生涯学習教育研究センター助教授などを経て現職。専門は知覚発達,顔認知。著書は『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書),『発達障害の素顔:脳の発達と視覚形成からのアプローチ』(講談社ブルーバックス),『赤ちゃんは顔をよむ』(角川ソフィア文庫),『赤ちゃんの視覚と心の発達』(共著,東京大学出版会)など。

新生児でも顔を見る

図1 赤ちゃんの視力で見た顔のシミュレーション
図1 赤ちゃんの視力で見た顔のシミュレーション

生まれたばかりの赤ちゃんでも,親の顔を見て喜んでいるようにみえる。

そんな直感的な印象が,実験によって証明されています。この事実は,乳児を対象とした実験手法を探す中で副次的に見つかりました。1960年代に心理学者ファンツ(Fantz, 1958;1963)が,乳児が顔を好むことを発見しています。言葉を喋ることのできない乳児を対象に認知能力を調べるため,行動を用いた実験手法である「選好注視法」を開発している中で,生後46時間から生後6ヵ月までの乳児が顔を好むことが偶然見出されたのです。

そもそも赤ちゃんに顔が見えることじたい,不思議なことです。その理由の一つに,新生児の視力があります。生まれたばかりの乳児は視力が未発達で大人の視力に換算するとおおよそ0.02程度,生後6ヵ月までに急激に発達するものの,それでも0.2程度です。たとえば生後3ヵ月頃の乳児からすると,顔は図1のように見えます。乳児の視覚の特性として,成人の近眼とは違い,悪い視力の原因は大脳皮質の発達にあるため,距離が近くても見え方は変わりません。基本的な見る能力の限界から考えると,赤ちゃんが生まれてすぐに顔を見抜いて注目すること,それは奇跡のようにも思えます。

図2左(Face)のように,単純化された顔図形を新生児は好みます。生まれて一度も顔を見た経験がない新生児でも,顔を選好します。この発見以降,言葉で「顔が好きなの?」と聞くことができない赤ちゃんが,ほんとうに顔を好んでいるかを調べるため,様々な実験が行われました。たとえば白黒のコントラストがはっきりした目は,視力の悪い赤ちゃんにとっては目立ちます。顔ではなくて目が,選好を引きだす要因となっているかもしれません。しかしそれでは新生児は目を好んでいるのであって,顔を好んでいることにはなりません。

そもそも顔の定義は,目や鼻や口のそれぞれの特徴にあるのではなく,目鼻口の配置にあります。それは枯れ木に幽霊を見る,大人の顔の見方ともつながっています。パレイドリアとかシュミクラ現象などと一般に呼ばれており,これらの用語をネット検索するとたくさんの画像を見ることができ,様々な国で数々の本も出版されています。ドアやコンセントや家や木やカバンなど,顔とはまったく関係のない日常のありふれた風景の中に「顔」を見つけ出し,その意外性を楽しむのです。

パレイドリアやシュミクラ現象は単なる錯視でも遊びでもなく,顔を見つけ出すポイントを示す重要な現象です。顔を見つけ出すポイントは,二つの目と口の位置にそれらしきものがあるという点です。こうしたパターンを見出すと,たとえそれが顔でなくても顔と誤認識してしまうのです(Ichikawa et al., 2011)。

図2 新生児実験で使われた顔模式図形(Morton & Johnson, 1991より)
図2 新生児実験で使われた顔模式図形(Morton & Johnson, 1991より)

赤ちゃんでもこうした法則に基づいて顔を見ているのかを調べるため,顔の特徴をバラバラにして配置を崩した図や,配置を倒立した図を提示し(図2),正しい配置の顔だけを選好するかが検討されました。様々な実験から,顔を見た経験のない新生児でも,こうした図形の中から正しい顔配置の顔図形だけに定位反応を示すことが示されています(Goren et al., 1975)。さらに2000年代に行われたイタリアのグループの新生児実験では,目や口の特徴を持たなくても部分が上部に集まるtop-heavyな構造をした形態特徴に新生児が選好すること(Simion et al., 2002)が示されました。顔としての配置が,新生児にとっても重要であることが示されたのです。

ここでもう少し顔の配置について考えてみましょう。これまで説明した新生児や赤ちゃんの実験で使われた顔,そのほぼすべてが正面から見た顔を使っています。top-heavyにあるように,目が2つ口が1つが顔の基本であるとしたら,目が1つに見える横顔は,顔として見るのは難しいことになります。

私たちの研究室では,正面顔と横顔を生後5ヵ月と8ヵ月の赤ちゃんに見せ,顔を処理する脳の活動を近赤外線分光法(NIRS)で計測する研究を行いました。近赤外分光法(NIRS)では,近赤外線光を頭に照射し,血液中のヘモグロビンの変化を測定します。ヘモグロビンの濃度の変化から,脳活動を推定するのです。使われる近赤外線光は日常生活で浴びる程度のもので,身体を拘束することなく脳活動を計測できる装置です。この装置を用いて,顔を見る時に活動する側頭の活動を計測したのです。私たちはこれまで,横断研究と縦断研究の二つの研究を行い(Nakato et al., 2009;Ichikawa, Nakato et al., 2019),その発達を追い続けました。

まず最初に行った横断実験では,生後8ヵ月では正面顔も横顔も同じように脳活動がみられたものの,生後5ヵ月では正面顔を見た時だけ活動がみられ,横顔では活動がみられないことがわかりました。次に行ったのは,生後3ヵ月から8ヵ月までの縦断実験です。実験の結果,改めて横顔の処理が発達的に遅れることを確認し,しかも横顔の処理の発達には個人差が大きいことも確認しました。これらの実験から,月齢の低い乳児にとっての顔は正面顔であり,横顔は顔とみなされない可能性が示されました。幼い乳児と触れ合う際には,目と目が合うように正面で対峙することが重要で,横顔は顔としてわかってもらえない可能性があることを示唆しているともいえるでしょう。

図3 横顔と正面顔を見た時の左右両側頭の活動の発達過程(Ichikawa, Nakato et al., 2019より)
図3 横顔と正面顔を見た時の左右両側頭の活動の発達過程(Ichikawa, Nakato et al., 2019より)

顔と言葉に壁ができるまで─知覚的狭小化

生まれた時から持つ顔を見る能力は,発達の中で限定化していきます。

顔認知の興味深い現象に,生後半年頃までにだけ限定的に見られるスーパー能力があります。大人の目からすると,同じように見えるサルの個体の弁別や羊の個体の弁別を,人の個体の弁別と同じように顔でできるのです(Pascalis et al., 2002)。それが生後1年近くなると,サルや羊の顔(Shimpson et al., 2011)の区別はできなくなり,人の顔だけの区別に限定化します。さらには身近な顔に区別が特化する,自人種効果が生まれます。見る経験の少ない,外国人の顔の区別が難しくなる現象です。

この顔と同じような現象が,言語獲得にもみられます。

生まれたばかりの赤ちゃんは,世界中のあらゆる言語を聞き取る能力を持つといわれています。たとえば英語圏の赤ちゃんは生後半年頃まで,英語もヒンズー語も分け隔てなく,それぞれの言語に特徴的な母音や子音を聞き分けることができます。ところが生後1年近くなると,英語圏の大人と同じように,聞き慣れないヒンズー語の聞き取り能力が失われることが明らかになっています(Werker & Tees, 1984)。同様な結果は,様々な国の言語で再現されています。日本人でいえば,日本人が不得意とするRとLを区別する能力が失われるのです。

これらの現象は知覚的狭小化(perceptual narrowing)と呼ばれ,顔と言葉の認識能力は同時並行で発達すると言われています。小さい頃の文化を越えたオールマイティな能力は,言葉と顔に共通するのです。生まれてわずかの間,あらゆる国のあらゆる言葉や顔を見分け,聞き分けることができる。それが生後1年という期間で,言葉も顔も,身の回りの環境に限定されてしまうのです。

オールマイティな能力を失うことは,特に英語のヒアリングに苦労している日本人からすると,逆説的で損にすら感じるかもしれません。しかし自分の周囲の環境に適応することは,極めて重要です。生まれた時の聞き取り能力は,広くて浅いのです。言葉の獲得には,自身の使う言葉を間違いなくしっかりと聞き分ける必要があります。そのため母国語の聞き取りの感受性をあげ,結果として,使う必要の無い言語の聞き取りを捨てることになるのです。

顔と言葉の認知はそれぞれ脳の異なる場所,側頭の右と左で処理されているので,連動して発達するとは驚くべきことです。顔と言葉に共通点があるとしたら,コミュニケーションで使うことにあります。顔と言語環境という自分が属するコミュニティの一員としてコミュニケーションを取るために,顔と言葉はともに学習されるのでしょう。

目で表情をよむ日本人,口で表情をよむ欧米人

文化による顔の見方の違いは,顔への注目の仕方にあらわれます。目の前の相手の顔のどこに注目するかは,文化による違いがあります。直感的にわかりやすいのが,相手の目を見て話す欧米人と,日本人は見知らぬ相手の目を見続けることは失礼にあたると感じる対比にあるでしょう。

こうした文化の違いを調べるために,欧米文化圏と東アジア文化圏の人々を対象に,アイトラッカーを用いて視線の動向を比較した研究があります(Miellet et al., 2013)。実験の結果,一般にいわれるように欧米文化圏では見知らぬ人の顔を記憶するときに目を見るのに対し,東アジア文化圏では目を避ける傾向がみられることが示されました。それぞれの眼球の動きを測定することにより,顔を見る文化差が明確になったのです。

相手の顔から表情を読み取る時の文化差もあります。こちらは顔を記憶する時のパターンとは異なり,東アジア文化圏の人々が目に注目するのに対し,欧米文化圏の人々は目よりも顔全体を見ようとする結果が出ています(Jack et al., 2009)。こうした違いは,表情の作り方の違いによるとも考えられるでしょう。それは日本発祥の「絵文字(emoji)」にも象徴的に示されます。日本の絵文字が目で表情を伝えていたのに対し,欧米の絵文字では口で表情を伝えるように変わっています(図4)。実際に欧米人は大げさに表情を作り,特に口を大きく動かすのに対し,一方の東アジア人は目で表情を作ります。それぞれの表情の作り方に合わせて,どこに注目するかも変わっていったとも考えられるのです。

図4 日本の絵文字(上段)と欧米の絵文字(下段)
図4 日本の絵文字(上段)と欧米の絵文字(下段)

私たちの実験室では,表情を見た時の赤ちゃんの視線の動向をイギリス人の赤ちゃんと比べる実験を行いました(Geangu, Ichikawa et al., 2016)。その結果,生後7ヵ月児も大人と同じ文化差を示すことがわかったのです。イギリス人の赤ちゃんと比べると日本人の赤ちゃんは,表情を見る時,日本人の大人と同じように相手の目元に注目する傾向がありました。一方のイギリス人の赤ちゃんは,口元を見る傾向がありました。顔の見方のそれぞれの文化への学習は,1歳を待たずして始まっている証拠です。新生児から持つ顔を見る能力は,発達初期から各々の文化適応を開始し,それぞれの文化にあわせたコミュニケーション様式の獲得へと導いていくのでしょう。

文献

  • Fantz, R. L. (1958). Pattern vision in young infants.  Psychological Record, 8 , 43-47.
  • Fantz, R. L. (1963). Pattern vision in newborn infants.  Science, 140 , 296-297.
  • Geangu, E., Ichikawa, H., Lao, J., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., Caldara R., & Turati, C. (2016). Culture shapes 7-month-olds' perceptual strategies in discriminating facial expressions of emotion.  Current Biology, 26 , R663-R664.
  • Goren, C. C., Sarty, M., & Wu, P. Y. K. (1975). Visual following and pattern discrimination of face-like stimuli by newborn infants'.  Pediatrics, 56 , 544-549.
  • Ichikawa, H., Kanazawa, S., & Yamaguchi M. K. (2011). Finding a face in a face-like object.  Perception, 40 , 500-502.
  • Ichikawa, H., Nakato, E., Igarashi, Y., Okada, M., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., & Kakigi, R. (2019). A longitudinal study of infant view-invariant face processing during the first 3-8 months of life.  Neuroimage, 186 , 817-824.
  • Jack, R. E., Blais, C., Scheepers, C., Schyns, P. G., & Caldara, R. (2009). Cultural confusions show that facial expressions are not universal.  Current Biology, 9 , 1543-1548.
  • Miellet, S., Vizioli, L., He, L., Zhou, X., & Caldara, R. (2013). Mapping face recognition information use across cultures.  Frontiers in Psychology, 4 , DOI: 10.3389/fpsyg.2013.00034
  • Nakato, E., Otsuka, Y., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., Watanabe, S., & Kakigi, R. (2009). When do infants differentiate profile face from frontal face? A near-infrared spectroscopic study.  Human Brain Mapping, 30 , 462-472.
  • Pascalis, O., de Haan, M., & Nelson, C. A. (2002). Is face processing species-specific during the first year of life?  Science, 25 , 1321-1323.
  • Simion, F, Valenza, E, Macchi, V, Turati, C, & Umiltà, C. (2002). Newborns' preference for up-down asymmetrical configurations.  Developmental Science, 5 , 427-434.
  • Simpson, E. A., Varga, K., Frick, J. E., & Fragaszy, D. (2011). Infants experience perceptual narrowing for nonprimate faces.  Infancy, 16 , 329-330.
  • Werker, J. F., Tees, R. C. (1984). Cross-language speech perception: Evidence for perceptual reorganization during the first year of life.  Infant Behavior and Development, 7 , 49-63.
  • 山口真美・金沢創(2019)『赤ちゃんの視覚と心の発達 補訂版』東京大学出版会
  • 山口真美(2016)『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』岩波ジュニア新書

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