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この人をたずねて

南風原朝和 氏
東京大学 名誉教授/広尾学園中学校・高等学校 校長

南風原朝和 氏(はえばら ともかず)

Profile─南風原朝和 氏
1981年,アイオワ大学大学院教育学研究科博士課程修了(Ph.D.)。専門は心理統計学。著書は『心理統計学の基礎』『続・心理統計学の基礎』(ともに有斐閣アルマ)など。今回のテーマに取り上げた入試改革関係では,編著『検証 迷走する英語入試』(岩波ブックレット)などがある。

南風原先生へのインタビュー

インタビュアー:すがわら だいち

はじめに

南風原先生のご専門は心理統計学であり,先生が執筆されたテキストにお世話になった方も多いと思います。ただ,最近では大学入試改革に関する報道や出版物でも,よくお名前をお見かけいたします。そこで,今回のインタビューでは大学入試改革に焦点を当て,様々な疑問に答えていただきました。

─大学入試改革のこれまでの変遷と,現状について教えてください。

先に「現状」のほうですが,2021年度入試から,これまでの大学入試センター試験が「大学入学共通テスト」というものに変わります。それで何が変わるかというと,英語から発音・アクセント問題や語句整序問題がなくなることや,試行調査でみる限り,各科目でやたらと太郎さん・花子さんの会話が出てくることなどくらいで,テストの名称を変えるほどの違いはありません。

ではなぜ,わずかな変更なのに名称まで変えたのか,というところが「これまでの変遷」ということになります。簡単に言えば,名称を変えるくらいの大きな内容変更が想定されていたのに,そのほとんどがボツになったということです。よく知られているのは国語・数学の記述式問題,そして英語の資格・検定試験の導入の見直しですが,ほかにも複数回実施,成績の段階別表示など,大きな変更が提案され,その後,立ち消えになりました。もともとが無理のある提案だったり,思いつきレベルのものだったりしたので,このように迷走することになったのだと思います。

─大学入試改革について見直し・延期が決まるまでの過程で,南風原先生の教育・研究経験(心理統計学)が活かされた場面について教えてください。

記述式問題については,私が委員として参加した高大接続システム改革会議(2015年3月〜2016年3月)で議論になりました。そこで私は,記述式問題の妥当性は,設問内容だけでなく,解答がどのような採点基準,どのような採点体制で採点されるかによって決まるということを指摘しました。採点のぶれ,すなわち信頼性の側面はよく理解されていて,そのために,ある語句が含まれているか否かで採点するような方式が提案されたりしましたが,そのような採点では記述式本来の良さは発揮できず,しかもそのやり方でも,ぶれはなくならないということを伝えました。結局は,採点の正確性を保てないという理由で取りやめになりましたが,問題はそこだけではないということです。

英語の資格・検定試験については,上述の会議が終結した後に話題になったものですが,複数の試験のどれを受けても共通の尺度で評価できるという主張がなされていました。しかし,その根拠はとても脆弱なものでしたので,その点は指摘しました。また,資格・検定試験と大学入試とでは目的も,求められる採点等の質も異なるので,その観点からも意見を述べてきました。結局,会場の確保や地域的な公平性といった理由から導入が見直されることになりましたが,他にもいろいろな問題があることがまだ十分には認識されていないように思います。

私が指摘してきたのは,いずれも基本的なことばかりで,特に専門的な意見を述べたわけではないのですが,そうした基本的なことすら,十分にふまえられていないというのが現実としてありました。

─「基本的なこと」がないがしろにされ,大学入試改革が進んだ背景・原因は,どのようなところにあるとお考えでしょうか。

英語の資格・検定試験の導入については,財界や政界の意見が推進力になっていたようです。具体的に制度設計をする際には,いわゆる専門家の意見も聞くのですが,それがいつも同じ人であったり,計画を推進するのに不都合な意見を言わないことが予見される人であったりして,批判的な意見を含め,専門的な知見を広く求める,というところが圧倒的に不足していたと思います。

─南風原先生の論考のなかでは,「国ではなく,各大学がその大学で学ぶのには何が必要かという観点から,学習指導要領の範囲内で主体的に定める。大学間で共通する内容については,協力して共通のテストを作成・実施することにより,評価の効率と質を高める」ということを強調されています。しかし,このような意見,すなわち教育者・研究者としての意見がなかなか反映されにくいという現状もあるかと思います。私たちができること,あるいは気をつけなくてはいけないことなどはありますか?

「教育者・研究者としての意見」をなかなか反映させない人もまた「教育者・研究者」であったりします。たとえば,国立大学の学長たちが集う国立大学協会は,共通テストへの英語の資格・検定試験の導入について,一時期は健全な懸念を述べていましたが,それが何も解消されないうちに,全国立大学で採用,という方針を決めてしまいました。国からの運営費交付金が気になるのでしょうが,こういうところを見ると,「敵は内にあり」と思ってしまいます。

今般の大学入試改革では,ここまで出た話題のほかに,主体性の評価も重視されています。しかし,大学自体が主体的な行動ができているかというと,大きな疑問があります。大学ないし大学人自身が若者の目標になるような主体的で知性的な行動を示していかなければならないと思います。

─(大学入試改革から話題が変わりますが)先生が研究を始めたきっかけについて教えてください。

大学2年生の秋に,理系から教育心理学科に進学が決まりました。心理統計学というのは存在も知らず,心理学への漠然とした興味からのスタートでした。最初のころ,井上健治先生の英語文献講読で,知能の分布が世代を超えて定常的な分布になることについて,マルコフ過程のことが文献に書いてありました。さらっとした記述しかなく十分に理解できなかったので,あれこれ調べ,考えて,「深い理解」に達する経験をしました。その後,芝祐順先生の教育統計学の授業や,プログラミングの実習などで頭角を現し(笑),3年生のときには4年生の卒業研究の手助けをして,4年生から「先生」と呼ばれていました。それで,調子に乗って大学院に進み,現在に至る,という次第です。

─最後に,若手研究者へのメッセージをお願いします。

若手の研究者の方々は,それぞれ精力的に,そして私たちの時代にくらべはるかに国際的に研究を展開していて,すばらしいと思います。研究テーマをとことん,納得のいくまで追究していってほしいと思います。

インタビュアーの自己紹介

インタビュアー:すがわら だいち

インタビューを終えて

今回のインタビューは,当初,2020年4月に広尾学園中学校・高等学校にて行う予定でしたが,新型コロナウイルスの感染が拡大しつつあったため,メールによる文通形式でインタビューを行わせていただきました。ご配慮いただいたことに感謝いたします(同僚の湯立先生の質問にもお答えいただきました)。

インタビューを通して,正しいと思うことを社会に発信していく先生の力強さと,研究者・大学人としての確固たる意志を感じました。子どものような感想になりますが,このやり取りの中で研究者・大学人として「かっこいいなぁ」と思うことが何度もありました。

また,大学教員となって間もない私にとって,「大学人」とは何か,今後,日本の大学はどうなっていき,そのなかで自分は何ができるのか,ということについて深く考える機会となりました。

現在の研究テーマ

博士論文から引き続き,ポジティブ感情を細分化して,それぞれの感情の機能を明らかにしようと,調査・実験研究を行っています。最近では,山口県の秋芳洞で畏敬体験のフィールド研究を行いました。このほかにも,認知行動療法のアプリケーションを開発し,治療技法のテーラーメイド化に挑戦しています。今後も魅力的で主体的に動く,研究者・大学人になれるように精進します!

Profile─すがわら だいち
筑波大学人間系助教。2019年,筑波大学大学院人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(心理学)。専門は臨床心理学,感情心理学,ポジティブ心理学。論文は「ポジティブ感情概念の構造:日本人大学生・大学院生を対象として」(共著,『心理学研究』)など。

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