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古典的実験機器はどのように使われていたか(3)─喉音記録器の場合

吉村 浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村 浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。

写真1 『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)に第十七図として掲載されている発話音声を測定する実験の様子
写真1 『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)に第十七図として掲載されている発話音声を測定する実験の様子
写真2 東京大学に残る喉音記録器(TK00006)
写真2 東京大学に残る喉音記録器(TK00006)
写真3 写真2の喉音記録器とそれが格納されていたケース
写真3 写真2の喉音記録器とそれが格納されていたケース
写真4 格納されていたケースに記載された製品名と登録番号
写真4 格納されていたケースに記載された製品名と登録番号

2014年12月に東京大学に残る古典的実験機器の調査を行いました。その際にもっとも驚いたのが「喉音記録器」に関することでした。その驚きについてはあとで話すことにし,まずは喉音記録器がどのようなものでどう使われていたかを,東京帝国大学心理学教室編纂の『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)で見ていきましょう。

写真1が実験の様子です。喉にゴム膜の付いた聴診器状のものを当てて声を出すと,声の強弱や高低に応じた振動波形が空気振動としてゴム管を伝わり,最終的に横に長く伸ばされたカイモグラフ(ハ)に記録されます。ここで重要なはたらきをするのが,写真1で「イ」と記された喉音記録器です。

幸い,写真1で使われていた喉音記録器は,実物が現存しています。写真2がそれで,心理学ミュージアムの歴史館には,TK00006として登録しています。中央上部のガス管口のような部分に喉からつながれたゴム管を差し込み,そこで受けた空気圧変化が左端に見える楕円状の窓に貼られた薄い膜の振動となります。その振動が楕円膜の中央付近に付けられたアルミ製突起に接触している毛のような針(写真1で少し弧状に反って見えるもの)に伝わり,最終的に波形としてカイモグラフに描かれます。毛のような針の根元は,写真2の楕円窓の少し右に見える黒っぽい部分に固定されます。残念ながら,耐久性の低い薄い膜やアルミ製突起,細い針部分は失われています。

この喉音記録器はクリューゲル(Krüger)とヴィルト(Wirth)が考案したもので,ドイツのZimmermann社が作りました。同社製のものが東北大学にも残っています(TH00062)が,耐久性の弱い部分はそこにも現存していません。

さて,冒頭に書いた“驚き”ですが,東京大学に残るTK00006は,写真3に示したケースに入った状態で保存されていました。しかし,ケースへの収まりがしっくりしません。ケース内のくぼみにうまくはまらないのです。ケースの蓋には,写真4に示すように,「Feder–Signal」という製品名と「心R8」という東京帝国大学での管理番号が書かれています。写真2の支柱部分にも同じく「心R8」と書かれているので,中身とケースは一致しているはずです。しかし,もしそうなら,この機器は喉音記録器ではなくFeder–Signalということになってしまいます。「Feder」とはペンを意味するドイツ語で,東京帝国大学時代から使い続けられている備品台帳では,Feder–Signalに当たるものは「筆度器」と表記されていて,そこにもR8と書かれています。一方,備品台帳に記載されている喉音記録器のところには管理番号がなく,ゴム管喉頭接触部にのみ「R10」が与えられています。

Feder–Signal(筆度器)は,喉音記録器と同じZimmermann社の製品で,電流をオン/オフすれば電磁石が金属製の針をバネで引きつけたり放したりしてカイモグラフ上に矩形波状の時間を刻むペンです。これは,喉音記録器とはまったく別物で,TK00006は機能的にも同社の製品カタログからも,喉音記録器で間違いありません。

この不一致は,導入時の管理番号の付け間違いによるでしょうか。いいえ,誤りは,使わなくなってからケースに収納するときに生じたと推察できます。再び,写真1を見てください。「イ」の喉音記録器のすぐ下に,似たような機器「ロ」があります。実は,これがFeder–Signalで,『実験心理写真帖』には「発條記号器」と表記されています。「ロ」のFeder–Signalのケースに,形が似ているため収納時に誤って「イ」を入れてしまったようです。

しかし,もしそうなら,喉音記録器の支柱部分に,なぜケースと同じ「心R8」という備品番号が書かれていたのでしょう。もう一度,写真1を見てください。「イ」と「ロ」はともにZimmermann社製で,支柱部分は中央より少し左の色の変わる部分で取り外せます(写真2参照)。おそらく支柱に切ってある雄ネジが「イ」と「ロ」で同じ規格になっていたため,収納時に誤って,「ロ」の支柱を「イ」に付けてしまったのではないでしょうか。その結果,現存するTK00006は,左半分が喉音記録器で右半分(支柱部分)がFeder–Signalとなり,支柱側に記された「心R8」を手がかりに,同じ登録番号をもつFeder–Signalのケースに収納してしまった。謎がこう解けたとき,私には感動ものでした。皆さんにもこの驚きを共有していただけたでしょうか。

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