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【特集】
思春期早期における向社会性の脳神経基盤および世代間伝達の影響
岡田 直大(おかだ なおひろ)
Profile─岡田 直大
2017年,東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。東京大学医学部附属病院精神神経科専門研修医,東京都立松沢病院精神科医員,東京大学医学部附属病院精神神経科助教などを経て,2019年より現職。著書は『精神疾患の脳画像ケースカンファレンス』(分担執筆,中山書店),『精神神経疾患ビジュアルブック』(分担執筆,学研メディカル秀潤社)など。
はじめに
向社会的な行動とは,「他者の利益となるような自発的な行動」と定義され,社会的動物であるヒトにとって重要な主体価値である。向社会性は,社会的な交流を促進し,感情的な安定とも関連すると言われている。ヒトは発達的に早期から向社会性を示すが(本特集の鹿子木の記事を参照),児童期を経て思春期を迎えると,向社会性は飛躍的に発達する。磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging; MRI)は脳内のさまざまな情報を取得することが可能な技術である。近年の機能的MRI(functional MRI; fMRI)の研究から,前部帯状回(anterior cingulate cortex; ACC)を含む内側前頭前野(medial prefrontal cortex: mPFC)が,思春期における社会性の発達に関連することが分かってきていた(Blakemore, 2008)。しかしながら,思春期の向社会性と神経伝達物質および脳機能的ネットワークとの関連は,不明であった。また,ヒトのパーソナリティが親子間で伝達することは知られており,生物学的な遺伝要因の他,親の養育態度や家庭環境が関連することが示唆されていたが,向社会性の親子伝達の詳しいメカニズムについては明らかにされていなかった。本稿では,思春期早期における向社会性の脳神経基盤や世代間伝達に関する,最新の知見を紹介する。
思春期早期の向社会性と神経伝達物質および脳機能的ネットワーク
思春期早期の向社会性と神経伝達物質および脳機能的ネットワークとの関連を調べた。一般人口集団から抽出した3,171名の思春期対象者(平均10歳)が参加する大規模疫学研究「東京ティーンコホート(TTC)」(Ando et al., 2019)(図1)において,子どもの強さと困難さアンケート(Strength and Difficulties Questionnaire; SDQ)の「誰かが心を痛めていたり,落ち込んでいたり, 嫌な思いをしているときなど,すすんで助ける」「自分からすすんでよく他人を手伝う(親・先生・子どもたちなど)」等の項目を用いて,対象者の向社会性を評価した。また,TTC対象者のうちの301名が参加した,ポピュレーション・ニューロサイエンス研究「pn–TTC」(Okada, Ando, et al., 2019) (図1)第1期の参加者(平均11歳)を対象として,MRIを用いて,神経伝達物質等の代謝物質の脳内濃度を測定するMRスペクトロスコピィの撮像を実施した(図2)。さらに,脳の機能的ネットワークの計算が可能な,脳血流動態を測定する安静時fMRI撮像を実施した。
まず,前部帯状回のγ‐アミノ酪酸(GABA)の濃度と向社会性との関連を調べ,前部帯状回のGABA濃度が低いと向社会性が高いことを示した(Okada, Yahata, et al., 2019)(図3)。次に,前部帯状回の機能的ネットワークと向社会性との関連を調べ,前部帯状回と後部帯状回(図4)との機能的ネットワークが強いと向社会性が高いことを示した(Okada, Yahata, et al., 2019)。
さらに,GABA濃度が低いとこの機能的ネットワークが強くなり,「前部帯状回のGABA濃度が低い」→「前部帯状回と後部帯状回との機能的ネットワークが強い」→「向社会性が高い」という関連を見出した(Okada, Yahata, et al., 2019)。
向社会性の親子伝達
向社会性の親子伝達に関連する,生物学的要因や環境要因を調べた。TTCの思春期参加者の親を対象として,向社会性を評価した。また,pn–TTCの思春期参加者の母親を対象として,MRスペクトロスコピィの撮像を実施した。
はじめに,親子の向社会性の関連を調べ,正の相関を示すことを見出した(Okada et al., 2020)(図5)。次に,前部帯状回における神経伝達物質の母子関連を調べ,特に抑制−興奮バランスを表すとされる,GABAとグルタミン+グルタミン酸(Glx)との比率に着目した。その結果,母子のGABA/Glx比は正の相関を示した(Okada et al., 2020)(図6)。さらに,母子それぞれにおける向社会性とGABA/Glx比との関連を調べ,子のみならず母においても,GABA/Glx比が低いと向社会性が高いことを示した(Okada et al., 2020)(図7)。最後に,向社会性の母子相関がGABA/Glx比の母子相関により説明されること,および,このメカニズムとは独立して,母の言語化愛情表現が大きいと子の向社会性が高いことを見出した(Okada et al., 2020)(図8)。
本研究では,前部帯状回のGABA濃度が低いと,前部帯状回と後部帯状回の機能的ネットワークが強くなり,向社会性が高いという関連を見出した。GABAは抑制性の神経伝達物質として知られており,GABAが低いと脳機能的接続が強くなることは理に適っていると考えられる。また,前部帯状回−後部帯状回の機能的接続は,脳の安静状態に関連するデフォルトモードネットワーク(default mode network; DMN)に相当し,適正に安静状態に至ることと社会性の発達とが関連している可能性が示唆される。
さらに本研究では,向社会性の親子相関が,神経伝達物質であるGABA/Glx比の親子相関により説明されることを見出した。グルタミン酸脱炭酸酵素(glutamic acid decarboxylase; GAD)によりグルタミン酸からGABAが生成されるが,GAD機能を規定する遺伝子がすでに知られていることを考慮すると,GABA/Glx比の親子相関は遺伝的影響が大きいと推測される(Colic et al., 2018)。さらに,親の言語化愛情表現が大きいと,思春期の向社会性が発達することも見出した。こうした知見から,子に対する言語化愛情表現を親に促すことにより,子の向社会性が高まり,ひいては子の感情的な安定に寄与する可能性が考えられる。
おわりに
本稿では,思春期早期における向社会性の脳神経基盤や世代間伝達に関する,最新の知見を紹介した。社会性の発達に関する生物学的な論文は,自閉スペクトラム症等の疾患病態研究も含めて,非常に数多く報告されており,近年脳科学者の関心が多く集まっている研究分野である。本研究結果は,向社会性を客観的に評価できるような,バイオマーカーの開発につながる可能性が期待される。また,向社会性が高いと精神不調が生じにくくなる等,心理学的レジリエンスとの関係があることから,向社会性を高めるためにどのような取り組み・介入が重要か,といったリサーチクエスチョンが注目されており,本研究結果がその解決の一助に繋がる可能性があると考える。思春期の向社会性は,少なくとも部分的には生物学的(遺伝的)要因に規定されるが,一方で環境要因によっても規定される。環境要因に対しては心理学・疫学等の介入が可能であり,こうした分野の発展が期待される。
文献
- Ando, S., Nishida, A., Yamasaki, S., et al. (2019). Cohort profile: The Tokyo Teen Cohort study (TTC). International Journal of Epidemiology, 48, 1414–1414g.
- Blakemore, S. J. (2008). The social brain in adolescence. Nature Reviews Neuroscience, 9, 267–277.
- Colic, L., Li, M., Demenescu, L. R., et al. (2018). GAD65 Promoter Polymorphism rs2236418 Modulates Harm Avoidance in Women via Inhibition/Excitation Balance in the Rostral ACC. The Journal of Neuroscience, 38, 5067–5077.
- Okada, N., Ando, S., Sanada, M., et al. (2019). Population–neuroscience study of the Tokyo TEEN Cohort (pn–TTC): Cohort longitudinal study to explore the neurobiological substrates of adolescent psychological and behavioral development. Psychiatry and Clinical Neurosciences, 73, 231–242.
- Okada, N., Yahata, N,. Koshiyama, D., et al. (2019). Neurometabolic and functional connectivity basis of prosocial behavior in early adolescence. Scientific Reports, 9, 732.
- Okada, N., Yahata, N., Koshiyama, D., et al. (2020). Neurometabolic underpinning of the intergenerational transmission of prosociality. Neuroimage, 218, 116965.
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