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【特集】

オキシトシンが向社会行動に果たす役割

高岸 治人
玉川大学脳科学研究所 准教授

高岸 治人(たかぎし はると)

Profile─高岸 治人
2011年,北海道大学大学院文学研究科で博士号を取得。日本学術振興会特別研究員(PD),玉川大学脳科学研究所助教を経て,2019年より現職。専門は社会神経科学。著書は『情動と犯罪』(分担執筆,朝倉書店),『なるほど!赤ちゃん学』(分担執筆,新潮社),『進化とこころの科学で学ぶ人間関係の心理学』(分担執筆,福村出版)など。

慈善団体への募金活動や震災復興のためのボランティア活動といった他者の利益を増やす行動は向社会行動と呼ばれ,心理学においては社会心理学や発達心理学において古くから研究が進められてきた。もちろんヒト以外の生物でも向社会行動は観察されるが,その多くは血縁や身近な個体という限られた相手に対して行われると考えられており,ヒト社会において頻繁に見かけることができる見ず知らずの者に対しての向社会行動は,ヒトという種を特徴付ける行動の一つであるといえよう。またヒトにおいて見られる向社会行動は一様ではなく,たとえば素早く行う場合もあれば,時間をかけて行う場合もあり,向社会行動の背後にあるメカニズムには個人差がみられることも明らかにされている(Yamagishi et al., 2017)。このようなヒトが示す複雑な向社会行動を正しく理解するためには,向社会行動がどのようなメカニズムによって生じているのか,特にその生物学的なしくみ(脳や遺伝子などの働き)を明らかにする研究,そして向社会行動が成人に至るまでの発達過程でどのように変化していくのかを調べる発達研究が必須であると考える。本稿では近年行われている向社会行動に関する最新の研究結果を紹介し,向社会行動の研究の展望について議論する。

向社会行動とオキシトシン

ヒトの向社会行動はこれまで主に社会科学において扱われてきたが,現在では生命科学においても重要なテーマとして扱われ,向社会行動を支える脳や遺伝子の働きについて数多くの研究が行われている。その中でも,オキシトシンと呼ばれる物質が向社会行動に重要な働きを持つことが明らかにされつつある。オキシトシンは9つのアミノ酸で構成されたタンパク質であり,視床下部の室傍核,および視索上核にある神経細胞によって産生される(Meyer–Lindenberg et al., 2011)。視床下部で産生されたオキシトシンは,神経細胞の軸索を経由し下垂体後葉へ輸送され,そこから毛細血管を通じて血中に入り標的となる器官,たとえば子宮や乳腺において受容体と結合することにより作用を示す。一方で,室傍核にある神経細胞の一部は下垂体後葉ではなく脳の別の領域,たとえば扁桃体,海馬,側坐核などへも軸索を伸ばしており,それらの領域における神経細胞の活動を調節している。

オキシトシンは脳の中心部にある扁桃体においては活動を抑制する作用を持つことが知られている(Kirsch et al., 2005)。扁桃体は神経細胞が集合した神経核と呼ばれる組織であり,急を要するような事態に対して敏感に反応するといったアラームのような役割を担う。他者から裏切られる可能性が高い状況において扁桃体は反応を示すが,オキシトシンを鼻から投与した場合には,その活動が抑制され,他者から裏切られる可能性が高い状況であっても他者を信頼し続けてしまう傾向が高まることが明らかにされている(Baumgartner et al., 2008)。この結果は一見するとオキシトシンは不適応行動を誘発しているように見える。しかしながら,この実験は外部から脳内のオキシトシン濃度を強制的に上昇させているという不自然な状況であることに注意してほしい。日常生活においては置かれた社会環境からの刺激によりオキシトシンの濃度が適切に調節されているため,このような事態に陥ることは少ないと考えられる。つまり安心できるような社会環境においてオキシトシンが分泌されることで他者から裏切られるリスクへの見積もりが低下し,その結果として向社会行動が促進されると考えられる。もちろん安心できないような社会環境においてはオキシトシンの分泌は抑制されると考えらえるため,向社会行動は促進されないだろう。

向社会行動を支える遺伝子

図1 オキシトシン受容体遺伝子の構造
図1 オキシトシン受容体遺伝子の構造
図2 信頼傾向の平均値 エラーバーは標準誤差を示す。
図2 信頼傾向の平均値 エラーバーは標準誤差を示す。

向社会行動におけるオキシトシンの役割を研究する別の方法としてオキシトシンに関わる遺伝子に注目する研究がある。遺伝子は私たちの体を構成するタンパク質の設計図であり,ヒトでは32億の塩基対の中に約21,000個の遺伝子が存在している。オキシトシン受容体に関わる遺伝子は第3染色体にあり,約19,000の塩基対からなる。塩基配列の個人差は多型と呼ばれ,ある特定の1つの塩基配列の多型のことを1塩基多型と呼ぶ。オキシトシン受容体遺伝子には様々な多型が確認されているが,rs53576と呼ばれる1塩基多型が向社会行動と関連することが明らかにされている(図1)。著者らは玉川大学周辺に住む20代から50代までの男女427名におけるオキシトシン受容体遺伝子にあるrs53576を調べ,他者への信頼傾向との関連を検討した(Nishina et al., 2015)。その結果,rs53576においてGG遺伝子型を持つ男性は,AA遺伝子型,およびAG遺伝子型を持つ男性よりも他者を信頼する傾向が高いことが明らかになった(図2)。興味深いことに女性においてはその関連性は見られなかった。さらに著者らは同参加者を対象にMRI(磁気共鳴画像法)装置を用い参加者の脳画像を測定することで,rs53576と脳の構造の関連について検討を行った(Nishina et al., 2018)。その結果,rs53576においてGG遺伝子型を持つ男性は,AA遺伝子型,およびAG遺伝子型を持つ男性に比べて扁桃体の体積が小さいこと,扁桃体の体積が小さいほど他者を信頼する傾向が高いこと,そしてオキシトシン受容体遺伝子と信頼傾向の関係は扁桃体の体積が媒介することを明らかにした(図3)。これらの結果は,オキシトシン受容体遺伝子のGG遺伝子型の男性が示す高い信頼は,扁桃体の体積に起因することを示している。

図3 オキシトシン受容体遺伝子と左扁桃体の体積の関連
図3 オキシトシン受容体遺伝子と左扁桃体の体積の関連

子どもの向社会行動とオキシトシン

図4 分配課題の実験状況
図4 分配課題の実験状況

子どもを対象に向社会行動とオキシトシンの関連を検討する研究では,主に子どもの唾液からオキシトシン濃度を測定し向社会行動との関連を調べるというアプローチ法が行われている。著者らは3歳から6歳までの50名の未就学児を対象にお菓子を2者間でどのように分けるかを調べ,唾液から測定したオキシトシン濃度との関連を調べた(Fujii et al., 2016)。実験課題として10枚のコインチョコレートを自身と他者との間でどのように分けるかを決定する方法を用いた(図4)。実験では同じ保育園の子どもを相手に分配する条件(内集団条件)と他の保育園の子どもを相手に分配する条件(外集団条件)を参加者内要因で設け比較を行った。課題では実験者が横に座り参加者は1人で決定を行った。また相手分のトレイの上に同じ保育園の子どもが映った集合写真,もしくは他の保育園の子どもが映った集合写真を置くことで条件操作を行った。実験の結果,女の子においては唾液中オキシトシン濃度が高いほど内集団への分配個数が高い傾向が見られたが,男の子においては逆に唾液中オキシトシン濃度が高いほど集団の種類にかかわらず分配個数が低い傾向が見られた(図5)。これらの結果は,未就学児という若い年齢であってもオキシトシンは向社会行動を調節していること,そしてオキシトシンと向社会行動の関連には性差があることを示している。別の3歳児を対象とした研究においては,唾液中オキシトシン濃度が高いほど仲の良い友人と遊ぶ際に互恵的な行動をとる傾向が高いこと(Feldman et al., 2013),そして3歳から5歳の子どもを対象にした実験では,オキシトシン受容体遺伝子でGG遺伝子型を持つ子どもほどAA遺伝子型,およびAG遺伝子型を持つ子どもより向社会行動の傾向が高いことが明らかにされている(Wu et al., 2015)。子どもを対象に向社会行動とオキシトシンの関連を調べた研究はまだ少なく,その関係性について結論づけることは難しいが,現在までのところは概ね成人で見られた結果と同様の結果が示されている。

図5 未就学児における向社会行動と唾液中オキシトシン濃度の関連
図5 未就学児における向社会行動と唾液中オキシトシン濃度の関連

唾液からのオキシトシンの測定は採血のような参加者にストレスを与えることがないため,特に子どもにおいて有用であると考える。しかしながら,唾液中のオキシトシン濃度は低いため検出することが難しく,その解析方法には批判(McCullough et al., 2013)もあるので注意して実施する必要がある。

オキシトシンに対する批判

近年,オキシトシンが信頼を促進するという結果が再現できないという研究結果も報告されている(Declerck et al., 2020)。オキシトシンは向社会行動を支える物質ではないのだろうか。オキシトシンと向社会行動の関係性が見られない原因の一つとして向社会行動のメカニズムには個人差があることが考えられる。向社会行動はすばやく直感的に行われる場合と,時間をかけて熟慮的に行われる場合があることは本稿の冒頭で示した。であるならば,向社会行動を支える生物学的な基盤にも個人差があってしかるべきである。たとえば,オキシトシンは扁桃体の活動を抑制することで社会的リスクの見積もりを低下させるが,社会的リスクが向社会行動に影響を及ぼすのはある特定の社会的価値を持つ集団においてのみであることが明らかにされている(Yamagishi et al., 2017)。向社会行動におけるオキシトシンの重要性には個人差があると考えられるため,今後の研究では個人差を視野にいれた研究が必要であると考える。

遺伝子と環境の相互作用

ヒトが示す向社会行動は社会環境との相互作用の中で社会環境に適応するようにダイナミックに変化していく。近年,エピゲノムと呼ばれる遺伝子発現を扱う研究が多く行われており,DNAメチル化と呼ばれる塩基配列を変化させずに遺伝子の働きを制御するメカニズムに注目が集まっている。DNAメチル化は環境からの影響を受け,様々な遺伝子の働きを制御する。DNAメチル化解析は,社会環境からの影響を物質レベルで理解することを可能とする。したがって今後はどのような社会環境要因が向社会行動を支える遺伝子のDNAメチル化に影響を与え,その結果として向社会行動が形作られていくかを明らかにする研究が盛んになると考えられる。

文献

  • Baumgartner, T., Heinrichs, M., Vonlanthen, A., Fischbacher, U., & Fehr, E. (2008). Oxytocin shapes the neural circuitry of trust and trust adaptation in humans. Neuron, 58(4), 639–650.
  • Declerck, C. H., Boone, C., Pauwels, L., Vogt, B., & Fehr, E. (2020). A registered replication study on oxytocin and trust. Nature Human Behaviour, 4(6), 646–655.
  • Kirsch, P., Esslinger, C., & Chen, Q., et al. (2005). Oxytocin modulates neural circuitry for social cognition and fear in humans. Journal of Neuroscience, 25(49), 11489–11493.
  • Feldman, R., Gordon, I., Influs, M., Gutbir, T., & Ebstein, R. P. (2013). Parental oxytocin and early caregiving jointly shape children’s oxytocin response and social reciprocity. Neuropsychopharmacology, 38(7), 1154–1162.
  • Fujii, T., Schug, J., Nishina, K., Takahashi, T., Okada, H., & Takagishi, H. (2016). Relationship between salivary oxytocin levels and generosity in preschoolers. Scientific Reports, 6, 38662.
  • McCullough, M. E., Churchland, P. S., & Mendez, A. J. (2013). Problems with measuring peripheral oxytocin: Can the data on oxytocin and human behavior be trusted?. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 37(8), 1485–1492.
  • Meyer–Lindenberg, A., Domes, G., Kirsch, P., & Heinrichs, M. (2011). Oxytocin and vasopressin in the human brain: Social neuropeptides for translational medicine. Nature Reviews Neuroscience, 12(9), 524–538.
  • Nishina, K., Takagishi, H., Inoue–Murayama, M., Takahashi, H., & Yamagishi, T. (2015). Polymorphism of the oxytocin receptor gene modulates behavioral and attitudinal trust among men but not women. PloS one, 10(10), e0137089.
  • Nishina, K., Takagishi, H., & Fermin, A. S. R., et al. (2018). Association of the oxytocin receptor gene with attitudinal trust: Role of amygdala volume. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 13(10), 1091–1097.
  • Yamagishi, T., Matsumoto, Y., Kiyonari, T., et al. (2017). Response time in economic games reflects different types of decision conflict for prosocial and proself individuals. Proceedings of the National Academy of Sciences, 114(24), 6394–6399.
  • Wu, N. & Su, Y. (2015). Oxytocin receptor gene relates to theory of mind and prosocial behavior in children. Journal of Cognition and Development, 16(2), 302–313.

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