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【小特集】
インターネットとゲームへの依存
インターネットやゲームは適切に利用すれば便利で楽しいものですが,過剰に用いるようになると生活に望ましくない影響を及ぼす場合があります。コロナ禍によって,これらへの依存の問題はさらに注目されています。本小特集では依存の問題の理解と対応について考えます。(金井嘉宏)
インターネット依存とゲーム障害とは?
三原 聡子(みはら さとこ)
Profile─三原 聡子
埼玉県内精神科病院を経て,2009年より独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター勤務。臨床心理士,精神保健福祉士,公認心理師。専門はゲーム障害・アルコール依存症。著書は『アディクションサイエンス』(分担執筆,朝倉書店)など。
インターネット依存という用語をはじめて用いたのは,1995年,アメリカの精神科医のイヴァン・ゴールドバーグがweb上に「インターネット依存症の診断基準」を発表したことが最初であったといわれている。その後,1996年には,ピッツバーグ大学の心理学者キンバリー・ヤングが,アメリカ心理学会年次大会で,「新しい臨床的疾患の発生」として「インターネット依存症」を発表した。ヤングは,インターネット依存をDSM–Ⅳの「病的賭博」を参考に,「インターネット使用者のコントロール不能な状態,インターネットにはまっている時間が増大していること,弊害が生じているにも拘らず,止めることができない状態」と定義した(Young, 1998)。
その後,インターネットとそのサービスの急速な普及を背景に,インターネット依存の問題は肥大化してゆき,明確な定義や基準がないまま,多数の研究が発表されることとなった。その経緯の中で,インターネット依存を表す名称も多数作成された。例えばInternet addiction,Internet dependence,Pathological internet use,Problematic internet useなどである。さらに,「インターネット依存」を測定する尺度も, 様々な研究者によって多数作成された。最も多くの研究で使用さ れているYoungの作成したInternet Addiction Test(IAT),Diagnostic Questionnaire(DQ)をはじめ,主に中国語圏で使用されているCIAS,韓国独自のスクリーニングテストであるKスケールなどである。このため,調査に一貫性がなく,異なる尺度を用いて同じ「インターネット依存」を計測するという混乱した状況に陥っていた。このことはすでに何人かの研究者たちから問題視され,指摘されてきた(例えばKuss et al., 2014; Mihara, 2017)。このことからも,明確な基準の策定が求められてきた。
インターネットの様々なサービスへの依存を依存として精神疾患に含めるかどうかについては,これまでに様々な議論があった。ICD–10においては,「その他の習慣及び衝動の障害(F63.8)」,DSM–Ⅳでは「他の特定される秩序破壊的,衝動制御,素行症(312.89)」という診断を便宜的に使用していた。2014年,DSM–5のSection 3に「インターネットゲーム障害」の診断基準が掲載されたが,今後,エビデンスが蓄積された時点で正式に収載するという予備的診断基準であった。
2014年から開催されたICDの改定の際の行動嗜癖に関するWHO会議では,当初,SNSも含めたインターネット全般に関わる嗜癖を疾患単位として議論が進められた。しかし,インターネット上のサービスのうち,既存の研究の質と量において,「依存としての特徴」をもっているといいうるサービスがゲームのみであったことから,ゲーム(オンラインとオフライン)に焦点を絞るべきであると結論された。そして,それまでの議論に基づいて「ゲーム障害(gaming disorder)」の臨床記述および診断ガイドラインの草稿が作成された。最終的には2018年5月に開催された世界保健総会で加盟国の採択がなされ,「ゲーム障害(gaming disorder)」がICD–11に収載されることが決定した。
この際に議論された「依存としての特徴」とは何かということであるが,「ある行動が行きすぎており,それが続いている」という「依存行動」があることと,「そのために,問題が起きている」ということである。先行研究から,ゲーム障害において,ICD–11の定義(表1)の1と2に述べられているような「依存行動」があり,定義の3で述べられているように「そのために,問題が起きている」状態になることが示唆されたことから,ゲーム障害が依存としてICD–11に収載されることとなった。
それではインターネット依存・ゲーム障害に陥るとどのような問題が起きるのであろうか。筆者が所属する久里浜医療センターが2011年に開設したインターネット依存専門治療外来初診時に,インターネット依存に関連して起きている問題としては,成績低下や遅刻,欠席といった学校に関連する問題がほとんどの受診者に起きている。さらに,家族への暴言・暴力,昼夜逆転,引きこもり,骨密度の低下,エコノミークラス症候群など,体の健康や本人の将来,家族関係に関わる深刻な問題も半数以上のケースに起きている。これに加えて,薬物やギャンブルといった,他の依存で明らかとなっているような脳の機能的な変化が起きることが指摘されたことも,ゲーム障害が依存としてICD–11に収載される際の根拠となった(Ko et al., 2009他)。
ところで,今回,インターネットの様々なサービスの中で,上記のような経緯でゲームだけがエビデンスをもって依存性があるとされ,診断基準の中に収載されたわけであるが,他のサービスに関してはその依存性はどうなのであろうか。SNSでのやりとりにずっと縛られていたり,動画を見続けている子どもたちに対して,依存なのではないかと心配する声を聴く。現在のところ,正式にはSNSや動画に依存性があることは認められていない。また,久里浜医療センターインターネット依存専門治療外来受診者の約90%がゲームに依存している。しかし,残る10%の中には,動画をずっと見続けている人や,ネットサーフィンをし続けて現実の生活に問題が生じている人もいる。また,今後新たに依存性のあるサービスが出てくる可能性もあるだろう。
ところで,嗜癖と依存という言葉についてであるが,アルコールやニコチン,違法性薬物のように,対象が物質で,物質に対する渇望と使用のコントロール障害を主徴とする状態を「物質依存(substance dependence)」と呼び,ギャンブルや買い物のように物質が関与せず,ある行動が行き過ぎた状態を「行動嗜癖(behavioral addiction)」と呼ぶ。行動嗜癖も依存と同じように,中心症状は,その行動に対するとらわれと,行動のコントロール障害である。つまり,インターネットやゲームは,正式には依存ではなく嗜癖である。しかし一般の人には嗜癖はなじみのない言葉であるので,便宜上,我々はインターネット依存という用語を使っている。
これまで見てきたように今後,インターネット依存・ゲーム障害はますます拡大し,深刻なものとなってゆくことが予測されるが,その研究は,まだ緒に就いたばかりである。明確な定義と診断基準がないことがこの分野の研究の発展に付きまとってきた問題であった。今回,ICD–11へ収載されたことで,ゴールドスタンダードとなるスクリーニングテストの開発がなされ,それを用いた有効な予防および治療方法の開発が急務である。
文献
- Ko, C–. H., Liu, G–. C., Hsiao, S., et al. (2009). Brain activities associated with gaming urge of online gaming addiction. Journal of Psychiatric Research, 47(4): 486–493.
- Kuss, D. J., Griffiths, M. D., Karila, L., & Billieux, J. (2014). Internet addiction: A systematic review of epidemiological research for the last decade. Current Pharmaceutical Design, 20, 4026–4052.
- Mihara, S., Osaki, Y., Nakayama, H., et al. (2016). Internet use and problematic use among adolescents in Japan: A nationwide representative survey. Addictive Behaviors Reports, 4, 58–64.
- Young, K. S. (1998). Internet addiction: The emergence of a new clinical disorder. Cyber Psychology & Behavior, 1, 237–244.
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