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裏から読んでも心理学

信じるものは嘘をつく

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

いつだって心理学の巧妙な実験パラダイムは我々を魅了する力に満ちてます。宛先を記した手紙を道端に落としてみるとか,青信号でぐずぐずして後続車の怒りを誘うとか,通路を塞いでおいて罵声を浴びせてみるとか。いつかはきっと自分もあんな実験こんな実験で人の心と行動を操ってみたい…との思いを胸に秘めているのは,きっとあなただけではありません。

そんなわけで嘘をついてもらう実験です。人はいつどんな時に嘘をつくのか。善良なる実験参加者の心の闇を露わにする手法が開発されてきました。例えば die in the cup 法。スタバ的蓋付きカップの中でサイコロを転がしましょう。出目を飲み口から覗いて下さい。100を掛けた金額を差し上げますよ。さあ振ってみて! 参加者全員が正直に答えたら1〜6の目がだいたい等しく出るはず。嘘つきがいたら偏るはずだ。さぁはったはった! 山ほど研究があって,有り難いことに5割くらいの人が嘘をついてくれるようです(Gerlach et al., 2019)。

見事なアイディアですが,何にだって文句はつきます。やれ本当にずるい人とは限らない,それ大学生サンプルばかりじゃないか,等々。トサカにきたのかDaiさんら一行(2018),リヨンの街のバス停へと向かいました。降りてきた乗客に声をかけます。すみません,心理学実験に参加していただけませんか? OK? 有難うございます!あ,後でお持ちの切符を新しいのと交換しますから,捨てずに持っておいて下さいね。

リヨンのバスの切符は時間制(60分間有効)だから,実験(約45分)の後に新しいのと交換しますよ,というシナリオ。ここにトリックが。実はリヨンでは乗車時の切符確認がないものだから,無賃乗車が結構いる。果たして実験終了後,使用済み切符を差し出す人と,何故か切符を持ってない人がいるわけです。そして無賃乗車が疑われる後者の方が出目の偏りが大きく,つまり嘘ついてる人が多かった。人に騙されて嬉しく思うことがあろうとは!と著者が書いているわけではありませんが,お祝いの言葉を贈りたくなりますね。

とは言え人々を一箇所に集めて実験するなんて,「コロナの時代」の心理学として如何なものか。可能なものは可能な限りリモートで。オンライン嘘つかせ実験という需要が発生するわけですが,それってどうなの? Lilleholtさんら(2020)がコイントス法で4つの条件を比べています。第1条件はリモートで自分でコイントスをして,表が出たら報酬をもらえる。トスの結果はネット経由で自己申告します。第2条件は,既存のくじ引きサイトでコイントスして,その結果を自己申告。第3条件は,研究者が用意したくじ引きサイトでコイントスして,自己申告。サイト側でトスの結果は記録しないし,参加者にもそう伝えます。第4条件では,研究者サイトを使い,コイントスの結果もがっつり記録するけれど,報酬は自己申告の額を払うと参加者に伝えました。

第4条件で嘘をつく人が少ないのは分かります。いくらお金が貰えても,嘘がバレバレというのも体面が悪いですよね。第1条件で嘘をつく人が多いのも分かる。問題は第2,第3条件。第3条件では,第2条件より嘘つく人が少なくて,第4条件と同じくらいでした。いくら研究者が「匿名だよ,記録してないよ,大丈夫だよ」と口を極めても,どうせ何か仕掛けてるんでしょ,記録取ってるんでしょ? と疑われてしまったということか。人様に嘘をついて貰うためには,まず自分が嘘をついてないと信じてもらわなければならない。いつだって人の行動を御するのは容易なことではありません。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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