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こころの測り方

経験サンプリング法は何が優れているのか

EY Japan(Strategic Impact Unit)シニアコンサルタント

伊藤 言(いとう げん)

Profile─伊藤 言
株式会社イデアラボを経て2020年より現職。専門は社会心理学。近刊に『経験サンプリングA to Z』(共著,ちとせプレス)。

経験サンプリング法(Experience Sampling Method:以下ESMと略称)とは,その時その場の状況,思考や感情,そして行動を,リアルタイムで複数回測定する調査手法です。ESMでは,研究者が設定したタイミングで(例:3分で終了するミニアンケートを,毎日ランダムな時刻に5回×7日間=合計35回実施),限定された時間内(例:過去1時間以内)のある体験(例:買い物)の状況(例:誰と一緒に居たか),思考・感情(例:値段が高いと感じたか,楽しかったか),行動(例:何を購入したか)などを小刻みに,反復的に記録します。例えば慢性痛や服薬経験などを記録する医療・健康分野のESMは,生態学的経時的評価(Ecological Momentary Assessment:EMA)と呼ばれることもあります。

ESMを用いるメリットは主に以下の4点です。

①記憶の歪みが少ない回答が得られる:詳細は後述します。

②行動が生じた際の思考・感情および状況を詳細に記録できる:誰と一緒に居る際にどのような感情を抱き,何を買ったかなどを行動(購買)の直後に何度も質問し記録することで,時に人々が意識していない,状況,思考や感情,および行動のつながりが統計的にわかります。

③反復測定によって,時系列的な変化のパターンがわかる:例えば,各食品に対する食欲を2.5時間に1回測定することで,スナック菓子に対する食欲は朝から夜にかけて上昇し続ける一方で,スイーツに対する食欲は昼過ぎにピークを迎え下降するなど,行動や認知・感情の時系列変化がわかります[1]

④反復測定によって,複数時点間の影響関係がわかる:例えば,道徳的な行為の生起を小刻みに測定することで,一度道徳的な行いをすると,その日の以後に道徳的な行いをしにくくなる抑制効果が示されました[2]。時に行為者本人すら意識していない,ある時点が後の時点に与える影響を検討できます。

以下,本稿では①の論点を掘り下げてみましょう。テレビの視聴経験の測定を例とします。ESMでは,テレビ番組を観るごとに何度も報告を求め,何を観たか(行動),誰とどこで観たか(状況),観てどのような印象を抱いたか(思考・感情)などを1ヶ月間継続して記録し続け,「1ヶ月間のテレビ視聴経験」を測定します。それでは,ESMを用いずに,一般的に用いられる一度きり(ワンショット)のアンケート調査を用いて「過去1ヶ月間のテレビ視聴経験」を調べた場合はどうでしょうか。回答者の記憶に曖昧な部分が残り,過去1ヶ月間にどのようなテレビ番組を観たか(行動),そのとき何を感じたか(思考・感情),誰とどこで観たか(状況)をすべて正確に報告はできないでしょう。印象に残ったテレビ番組は比較的正確に報告できても,つまらなかったテレビ番組は観たこと自体を忘れてしまうかもしれません。ワンショットの調査で明らかにできるのは,「細かいことはよく覚えていないが,全体としてこのように記憶している」という,人々(消費者)の要約的な認知です。

ワンショット調査の回答(要約的な認知)は系統的に歪みます。第1に,エピソード記憶に特徴的な歪みが生じます。例えば,思い出しやすい出来事が過大評価されます(利用可能性ヒューリスティクス[3])。複数の研究において,感情的なピークをもたらす経験と,記憶に残りやすい最後の方の経験が,一定期間にわたる経験の全体的な印象を支配する傾向があることが報告されています(peak-endルール)。検査で感じた痛みについて,ワンショット調査で回顧的に振り返って回答を求めると,経験した痛みの平均ではなく,経験した痛みのピークと,直近に経験した痛みの程度に近似した値を答える傾向が確認されます[4]。観光体験についても同様であり,特に最後の方の観光体験が,観光地の全体的な印象と再訪意図を予測することが報告されています[5]

第2に,ワンショット調査などで過去の複数の経験を要約して報告することを求めると,エピソード記憶(経験の時空間情報を伴った記憶)ではなく,意味記憶(経験についての時空間情報を捨象した一般的・概念的知識)が回答される傾向があり,回答に意味記憶に特徴的な歪みが生じます[6]。すなわち,スキーマ(経験についての一般的な知識)に合致した形で記憶が改変された結果,「実際に何が起きたか」ではなく,「その状況では典型的に何が起きそうか」を回答するバイアスが生起します[7](例:私はジャニーズが好きだから,あの日あの時きっとジャニーズの番組を観ていただろう)。ワンショット調査と比較して,要約的な回答を求める程度が少ないESMでは,意味記憶の影響はより少ないといえるでしょう。

記憶の歪みを考慮すると,反復的に行われる類似した行為(例:テレビ視聴)を都度の経験ごとに正確に捉える必要がある場合,時間的解像度が高い測定手法であるESMが最適といえるでしょう。逆にいえば,稀にしか生じない特徴的な経験を研究したい場合,ESMのメリットは比較的小さいといえます。実際に,大手調査会社のニールセンは,ESMを視聴率測定に用いる試みも行っています。そこでは,テレビに装着された視聴率測定機器では捉えられない,ある人の自宅内外・YouTubeでのテレビ鑑賞体験を一貫して捉えられるESMによる視聴率測定の可能性が肯定的に評価されています[8]

もちろん,記憶の歪みの影響が少ないESMは,ワンショット調査より常に優れた魔法の手法ではありません。米国の概説書の中で,ワンショット調査よりESMが優れているとする種の議論は「時代遅れ」だと断じられています[9]。ESMで測定したデータは,ワンショット調査で測定した「歪んだ」データよりも常に人々の行動をより正確に予測するわけではないのです。先ほど,観光体験の全体ではなく,特に最後の方の体験が観光地への再訪意図を予測すると述べましたが,同様な例は複数確認されています。検査中の痛みの総量よりも,痛みのピークと最後の方の痛みが検査の実際の再受診を予測します[10]。また,カップルの実際の別れを予測するのは,お互いの関係満足度についてESM(日誌法)により日々測定した満足度データではなく,ワンショット調査で測定した要約的・全体的な満足度データでした[11]。ワンショット調査で測定した要約的な認知がESMで測定可能な個々の経験を正確に捉えていないとしても,その不正確な要約を参照して人々の意思決定や行動が生じている可能性があるのです。

ESMで測定可能な「経験する自己(experiencing self)」と,ワンショット調査で測定可能な「想起される/信じる自己(remembering/believing self)」の区別は重要であり,心拍数変動などの生理学的な過程は「経験する自己」と強く結びつく一方で,目の前の状況から時空間的に離れた長期的な意思決定は「想起される/信じる自己」にもとづくとする議論も存在します[12]。実際に,抑うつ傾向は「想起される/信じる自己」の,不安傾向は「経験する自己」のネガティブさの過大評価と関連します[13]。ESMは万能ではなく,どの「自己」を研究対象とするかに応じて,適切な時間的解像度を持った手法を選択すべきでしょう。

最後に,筆者は前職時に国内初のESM用調査アプリ(ESpecially Me)の開発に携わっていましたが,ESM調査を行う際に現状推奨できるツールについては,紙幅の都合上https://www.linkedin.com/in/gen-ito-japan/を参照してください。

文献

  • 1. Reichenberger, J., Richard, A., Smyth, J. M., Fischer, D., Pollatos, O., & Blechert, J. (2018). It's craving time: Time of day effects on momentary hunger and food craving in daily life. Nutrition, 55-56, 15-20.
  • 2. Hofmann, W., Wisneski, D. C., Brandt, M. J., & Skitka, L. J. (2014). Morality in everyday life. Science, 345, 1340-1343.
  • 3. Kahneman, D., & Tversky, A. (1973). On the psychology of prediction. Psychological Review, 80, 237-251.
  • 4,10. Redelmeier, D. A., Katz, J., & Kahneman, D. (2003). Memories of colonoscopy: A randomized trial. Pain, 104, 187-194.
  • 5. Zajchowski, C. A. B., Schwab, K. A., & Dustin, D. L. (2016). The experiencing self and the remembering self: Implications for leisure science. Leisure Sciences, 39, 561-568.
  • 6,7. Robinson, M. D., & Clore, G. L. (2002). Belief and feeling: Evidence for an accessibility model of emotional self-report. Psychological Bulletin, 128, 934-960.
  • 8. Lovett, M. J., & Peres, R. (2018). Mobile diaries – Benchmark against metered measurements: An empirical investigation. IInternational Journal of Research in Marketing, 35, 224-241.
  • 9. Csikszentmihalyi, M. (2011). Handbook of research methods for studying daily life. Guilford Press.
  • 11. Oishi, S., & Sullivan, H. W. (2006). The predictive value of daily vs. retrospective well-being judgments in relationship stability. Journal of Experimental Social Psychology, 42, 460-470.
  • 12. Conner, T. S., & Barrett, L. F. (2012). Trends in ambulatory self-report: The role of momentary experience in psychosomatic medicine. Psychosomatic Medicine, 74, 327-337.
  • 13. Howren, M. B., & Suls, J. (2011). The symptom perception hypothesis revised: Depression and anxiety play different roles in concurrent and retrospective physical symptom reporting. Journal of Personality and Social Psychology, 100, 182-195.

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