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コアラの国でカンガルーのように

李 楊
名古屋大学情報学研究科価値創造研究センター 特任助教

李 楊(り よう/Li Yang)

Profile─李 楊
2014年,北海道大学文学研究科博士課程単位取得退学。2015年,北海道大学文学研究科博士(文学)学位取得。2014~2016年,玉川大学脳科学研究所嘱託研究員,2016~2019年,メルボルン大学心理学部ポスドク研究員を経て現職。専門は社会心理学。

このたびお声がけいただいた時,真っ先に思ったことは「わたしは日本にいる間もずっとoverseasです(笑)」でした。マルチ・カルチャーな背景は,常に多様性や批判性に富んだ視点をもたらしてくれます(希望的観測)。そんな自分がメルボルン大学心理学部でポスドクになるチャンスに対して「YES」と即答した理由の一つに,アジア圏を踏み出すことでさらなる文化的多様性を得ることに対する期待もありました。そして,滞在3年半の間にその土地・人・文化・制度に接した経験は,期待以上のものをもたらしてくれたと思えます。

ネットワークは歩いてこない

仕事を始めてしばらくした時,ボスから「Yangさん,知り合いはたくさんできたの?」と聞かれ,返答に困ったことがありました。個室のオフィスをもらい,研究プロジェクトでは数名の人としか関わりがないため,だれとも話さずに終える日もしばしばありました。ゼミのように,ここに所属しているから「みんなで」なにかをやるという「場」が共有されることがないのです。人々は常にグループではなく一個一個の点として動いたり,他者と繋がりを求めたりします。ほほぉ,これが噂の個人主義文化か,と妙に納得していました。関係性に縛られない自由と引き換えに,「場」が生み出すデフォルトの関係性がないため,積極的に繋がりを作るスキルが重要になります。例えば共通の知り合いに仲介してもらい「あなたの研究の話をぜひ聞かせてほしい。今度一緒にコーヒーでもどう?」とだれかに「軽やかに」メールをします。それはなかなかハードルが高いものです。ただせめて,アプローチされた時に自然に応えることができるようになっただけでも,自分は成長したのではないかと思います。

まずは人間としていきる

人々の生き様を見ると,仕事はあくまでも彼らの生活の一部であるが全部ではないという感覚を強く受けました。仕事時間内には効率よく動き回るが,定時を過ぎるとサッと建物から人が消えます。土日にもほとんど人が戻ってきません。共同研究の最中であれいつであれ,有給で旅行に出るなど,自分の判断で決めます。ストレスで心身が大変になったときも,家族が自分を必要としているときも,迷わず休みます。人間として・家族の一員としての生活が大事にされる,そして身を削ってまでエンドレスに仕事をしたりしない,そんな当たり前な権利が,本当にアタリマエになっています。「迷惑だ」とも「けしからん」とも,だれも言ったりしません。アタリマエが成立するためには,相手にもそのアタリマエを認め,そして対応するための余裕を持つことが重要だと思います。また,効率よくかつ適切な働きをするハラスメント対応部署も,良い支えになっているかもしれません。

よく休む者は軽やかに進撃する

以上の点は研究者の活力に寄与していると思います。カンガルーのように,休む時はとことん休むからこそ,動き出す時は素早く軽やかに前進できます。無駄なところに消耗しない分,仕事の効率性が高く,成果に繋がりやすいのでしょう。人間関係を広げると同様に,「軽やかさ」は研究マップを広げる際にも一役買っているようです。新たなテーマに興味を持つ時,「専門じゃないし…」と尻込みすることも「関連の研究を完璧にレビューしないと動けない」といつまでも準備段階から抜け出せないこともありません。「よし,やってみよう」と思えば,すぐに重要な文献を押さえ,専門家にアプローチして話を聞いたりコラボを持ちかけたりして,サクッと計画を磨き上げ実行に移します。そして気がつけば成果が出てきていたりするものです。

これらはもちろん万人共通な話ではありませんが,海の彼方から来る風がなにか新しいものをもたらしてくれるなら,それ以上に嬉しいことはありません。

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