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ここでも活きてる心理学

鉄道の現場で活用される心理学

公益財団法人鉄道総合技術研究所 人間科学研究部 人間工学研究室 副主任研究員

菊地 史倫(きくち ふみとし)

Profile─菊地 史倫
2010年,東北大学大学院文学研究科人間科学専修博士課程後期3年の課程修了。博士(文学)。2011年,(公財)鉄道総合技術研究所に入所。関東の鉄道事業者に出向後,2018年より現職。専門は社会心理学。

鉄道事業者に出向したときの業務風景
鉄道事業者に出向したときの業務風景

私は公益財団法人鉄道総合技術研究所(以下「鉄道総研」とします)の研究員として働いています。鉄道総研は日本国有鉄道の分割民営化にあたって1986年12月に設立され,1987年4月のJR各社の発足と同時に,日本国有鉄道が行っていた研究開発を継承する財団法人として事業活動を開始しました。2011年4月には公益財団法人に移行しています。鉄道ファン以外にはあまり知られていませんが,JRグループのひとつでJR総研と略されることもあります。鉄道総研の最も有名な研究開発は0系新幹線です。新幹線発祥の地ということで,鉄道総研の所在地は光町(ひかりちょう)と名づけられています。

私が所属する人間工学研究室はお客さまの安全性や快適性の向上,お客さまの利用環境や鉄道従業員の作業環境を改善するために,機械工学,人間工学,生体医工学や心理学などのさまざまな専門分野を背景とする研究者が一堂に働く学際的な部門です。研究員は1年間に4つ程度の研究課題に共同で取り組みながら研究開発業務を行っています。研究期間は2~3年程度です。私は車掌や駅係員の案内放送を改善するための研究課題等に主に参加してきました。研究課題によっては,学生時代には全く触ったことのない温湿度センサーなどを実験で扱うことがあり,先輩の指導を受けながら,今でもおっかなびっくりで業務に取り組んでいます。

このような研究開発業務では,学生時代に学んだ心理学の知見はとても役立っています。お客さまや鉄道従業員の心理という目に見えない抽象的な概念を,科学的手法を用いて可能な限り客観的に検討していくためには,実験計画法,心理測定法や心理統計等の基礎的な知見が不可欠です。ただし,研究「開発」業務は,学生時代のように基礎的な知見の蓄積に終始するのではなく,鉄道の現場で実際に役立つ技術開発が常に求められています。研究が社会実装につながる点は非常にやりがいやおもしろさを感じる反面,研究成果を具体的な技術に落としこむことにずいぶん苦慮していました。

大きな転機になったのは,鉄道の現場の最前線で仕事をする機会を得られたことです。私は2016年度から2年間,関東の鉄道事業者に出向させていただきました。鉄道総研は現場を持たない研究機関のため,お客さまと直に接する機会はほとんどありませんでしたが,一社員として毎日冷や汗をかきながら現場の業務に携わることができたのは非常に得難い経験でした。また,鉄道の運行や情報を統括する司令員,車掌や運転士といった現場社員と一緒に同じ釜の飯を食べながら,何を考えてどのように仕事をしているかを知ることで,研究成果を現場が受容してくれる技術として落としこむためのヒントを得ることができました。今でもお世話になった方々と鉄道の安全と未来を語る会(ただの飲み会)を定期的に開催して積極的な意見交換を行っています。鉄道の現場ではお客さまを安全かつ遅れなく目的地までお連れするだけでなく,安心で快適な移動を実現するために社員一人ひとりが日々努力しています。私もこの一端を担う研究開発業務を行えるように,日々精進していきたいと思います。

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