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巻頭言
立ち止まらない時節を追って
細江達郎(ほそえ たつろう)
コロナ禍のような予期せざる危機は多くの世代の人生に影響を与え,様々な研究が行われていくであろう。子安・白井氏編『時間と人間』で,私も発達における時間の意味について,あらためて考えさせられた。
以前,九学会連合に日本心理学会として関わった。心理学界内で多くの学会がある今とは違い,この連合は当時の人類学,民族学,民俗学,社会学,言語学,地理学,東洋音楽学,宗教学の学会と日本心理学会が,国内のフィールドでの共同調査をする組織であった。私は学生時代,東北大の安倍先生や聖心女子大の島田先生方が「九学会下北半島総合調査」に参加された時,調査補助をした(1964~)。その後,連合の最後の共同研究「地域文化の均質化」(1986~)に日大の村井先生と心理学会から参加した。フィールドを共通にしたそれまでの手法ではなく,“均質化”の視点からの共同研究であった。そこでの他学会の研究者との討論や交流は,心理学がどの学問分野にとっても基盤的な役割があること,他学問分野の人間への造詣の深さと独自な実証的研究法など,多くを学んだ。先の大震災の以前から防災関係の共同研究はしていたが,他分野では心理学的な概念を多く取り入れていた。ファーナム氏の『しろうと理論』から,研究成果の一般への普及の必要性も教えられた。近年,心理学界内での「異分野間共働懇話会」の動向に,感慨を覚える。
私は東北大の大橋氏等同僚達と下北調査の対象者(当時中学3年)の発達と社会化の追跡調査をすることとなった。彼らは団塊の世代で,ほとんどは農山漁村出身であり,東京五輪の年に中学を卒業,多くは都市部に就職,今や後期高齢期を迎える。その個人史は戦後発展史との交差の中で,光影を辿ってきた。私達はそれぞれの時期での過去・現在の認識と将来展望を,可能な限り直接聴き取ってきた。追跡調査は各種の困難を抱え,立ち止まらない時間による対象者の変化に,調査研究者は常に対応を迫られる。厄年等の年齢期での集中調査の実施は,整理不全の内に次期が迫る。報告はその都度のモノグラフの累積に留まり,反省しきりである。対象者に“人生を追いかけている”と言われながら,当方の人生も経過し,交代の時がくる。最近,後の世代の研究者が「下北研究調査史」を検証している*。対象者の晩年に至っても,前途は見通せない。この種の調査の新たな手法が開発される時が来るであろう。成果はともかく,関わった学生,研究者,もちろん私自身と,長く協力頂いた対象者の方々との相互影響過程として,調査研究は続いてきた。
- *小野澤章子・鈴木護・細越久美子 (2018) 「下北調査研究」調査史序論:55年間の追跡調査研究の意義. 岩手フィールドワークモノグラフ,20,1-18.
Profile─細江達郎
1968年東北大学大学院文学研究科修士課程修了。東北福祉大学講師,東北大学講師,岩手大学助教授・教授,岩手県立大学教授などを歴任。専門は社会心理学。著書に『下北半島出身者の職業的社会化過程についての再追跡調査研究Ⅰ・Ⅱ』(トヨタ財団),『発達心理学ハンドブック3・時間と人間』(分担,新曜社),『社会化の心理学/ハンドブック』(分担,川島書店),『いんとろだくしょん社会心理学』(共編著,新曜社),『犯罪心理学』(ナツメ社),Furnham, A. F. 『しろうと理論』(監訳,北大路書房)など。
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