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【特集】

身体とテクノロジーが融合する時代,人の心はどう変わる?

南澤 孝太
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授

南澤 孝太(みなみざわ こうた)

Profile─南澤 孝太
2010年,東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了,博士(情報理工学)。2019年より現職。専門は身体性メディア,ハプティクス,バーチャルリアリティ,身体情報学,システム情報学。KMD Embodied Media Projectを主宰。科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー等を兼務。著書に『触楽入門:はじめて世界に触れるときのように』(共著,朝日出版社)。

新型コロナウイルス感染症の世界的流行により,私たちは突如,身体的なコミュニケーションを忌避する生活を余儀なくされることとなった。オンラインコミュニケーションツールの恩恵を受けて様々な社会的経済的活動がデジタル空間上で行われるようになり,ビデオ会議のみならず,バーチャルリアリティの技術を用いてデジタル空間上に建物や街を構築し,ユーザが自ら好みのアバターをデザインし,アバターの身体を介して他者とのコミュニケーションを行うVR–SNSも急速に広まっている。SF作品で描かれていた未来がすぐそこまで来たようにも感じられる一方で,人と人との身体的接触の欠如は,Touch hunger1あるいはSkin hungerと呼ばれる心の問題を引き起こし,人々の相互理解の欠如と社会の分断が広がった。人が生物として有する身体性と,人を身体から解き放とうとするデジタル技術の発展,私たちは今後,この両者に対してどう折り合いをつけていくべきなのか,改めて考えさせられる一年であった。

身体性メディア

図1 身体性メディアの研究事例
図1 身体性メディアの研究事例 (左から)TECHTILE toolkit2,Synesthesia Wear3,Arque5,Telesar V6

筆者はこれまで,人が身体を通じて得る感覚や体験を,デジタル技術を介して共有する/拡張する/創造するための技術体系を「身体性メディア」と呼び,その技術開発および身体性メディアが生み出す新たな体験のデザインと社会実装を行ってきた。人がモノや他者に触れる「触感」を記録して伝え合う装置2や身体全体に様々な触感を提示するウェアラブルなジャケット3などのハプティクス(触覚技術),身体に新たな腕4や尻尾5を追加して人の身体性を変容させるヒューマン・オーグメンテーション(身体拡張技術),人の分身となるロボットと人の運動を同期させ,ロボットから人へ視覚・聴覚・触覚を伝送することで人がロボットに乗り移ったかのような身体所有感と行為主体感を生み出すテレイグジスタンス・アバター6(遠隔存在感技術)などの研究を通じて,身体とテクノロジーの融合により人が自身の身体や空間の制約を超えて活動し,人と人とが互いの経験をも共有できる,新たな身体的コミュニケーションプラットフォームの創出を目指している。

「ふれる」をつなぐ,「ふれる」でつなぐ

図2 公衆触覚伝話
図2 公衆触覚伝話7

公衆触覚伝話7はNTTコミュニケーション科学研究所の渡邉淳司らと共同開発した,視聴覚だけでなく触覚をも伝える遠隔コミュニケーション装置である。離れた2か所にある装置がインターネットを通じて接続され,ユーザの手元の机の振動が双方向に伝送されることで,机を通じて互いの行為を触覚として感じることができる。2019年のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)での展示の際には,来場者が互いに触覚を使った遊びを生み出したり,表示された相手の手に自分の手を重ねて触れ合うような行為を行ったりするなど,触覚という媒体を通じた新たなコミュニケーションの形態が観測された。

このような触覚によるコミュニケーションは,視覚や聴覚に障碍を持つ人など既存のコミュニケーションメディアでは情報を十分に伝えられない人々にも有用であり,日本科学未来館と共同で,聴覚障碍を持つ観客に触覚を通じてタップダンスの動きを届けたり8,感情表現が苦手な自閉症の子どもたちと触覚を通じたコミュニケーションを試みる取り組み9などが行われている。特に2020年のコロナ禍の最中においては,物理的に集うことができない子どもたちを対象に,絵本の読み聞かせとともに物語の世界の触感をオンラインで配信し,それぞれ別の場所にいる子どもたちが触体験を共有する試みも行い,離れていても共通の体験を得られることで,共在感や親密さなど社会性への効果が生じる可能性を模索している。

「経験」を共有する

図3 Fusion
図3 Fusion13

デジタル技術を用いて身体感覚を伝送できるようになることは,それらが構成する人の「経験」を伝送できる可能性を示唆する。ソニー・コンピュータ科学研究所のJackIn Head10は記録された他者の視野に没入することで,時空間を超えた体験の共有を実現している。名古屋工業大学の田中由浩らと共同で行っているShared Hapticsの研究11では,人と人あるいは人とロボットなど,協調して作業する二者が互いの触覚をリアルタイムに共有することで,相手の身体感覚を自身の身体制御に取り入れ,よりスムースな協調を行えるようになる可能性が示されている。また萩原ら12によると,VR上で1つのアバター身体を2人で共有し,2人の動きを融合してその平均的な動きをアバターに適用することで,互いの行為主体感を保ちながら身体技能を融合することもできる。さらにFusion13では,1人が背負った2本のロボットアームをもう1人が遠隔操作することで,2人の身体が融合した,いわば「二人羽織」のような状況で,身体的なコミュニケーションや教示が行えることが示された。このように近年,身体の運動と感覚を複数人で共有する技術が具現化しつつある。これまで「自分だけの」感覚であった触覚や体性感覚が他者と共有され,自分自身の身体感覚に加えて相手の身体感覚を一人称視点で取り込みながら身体の制御を行い,互いの経験を時空間を超えて共有できる,そんな未来が近づきつつある。

「身体」の制約を超える

図4 Musiarx
図4 Musiarx14

Musiarm14は上肢欠損を有するユーザに義手の代わりに装着可能な楽器「義手楽器」をつくるプロジェクトである。身体拡張の概念に基づく装置を身体障碍の当事者とともにデザインすることで,当事者のやりたいこと,ありたい自分を具現化することを狙った。通常の義手では楽器を弾くことができないユーザが,Musiarmを腕に装着し「自らを楽器に変えて」演奏する様子から,身体と楽器が同一化した新たな身体性が生まれる様子が観察された。UCLのPaulina Kielibaら15の最新の研究で,このような身体拡張の装具を日常的に用いることで脳内の身体表現にも変化が生じることが明らかにされており,身体拡張は単なる道具を超えて人の身体性認知を変容させる。またOryLab社では「分身ロボットカフェ」と呼ばれる,ALS等の重度の障碍者が自宅や病院からアバターロボットOriHimeを介して実際にカフェの店員として働き,来客へのコーヒーの提供や会話などの接客を行う常設のカフェを運営している。これまでの実証実験から,障碍により自分で出歩けなく日常的に他者とのインタラクションをほとんど持てていない人が,アバターロボットを通じて就労することで多くの他者との社会的つながりを得ることで,自己効力感が高まり,将来に対する希望や生きがいが生まれていることや,身体的な障碍を超えてその人の対話能力が発揮され,アバターの中のパイロットに固定客がついたり,他の仕事にスカウトされる事例も観測されているということである。身体の制約を突破した先には,人の創造性が生み出す豊かな可能性が広がっているのだ。

「情動」を共有する

図5 Boiling Mind
図5 Boiling Mind16

人と人の間で,ある経験を得たときに生じる心の動きをも共有することはできるのだろうか。Boiling Mind16では,コンテンポラリーダンスの舞台におけるダンサーと観客との「つながり」を深めることを目的に,20人の観客個々の脈拍・皮膚電気活動などの生体情報をウェアラブルなセンサーを用いてリアルタイムに計測し,そのデータを元に舞台の照明演出や背景音のテンポの制御を行った。その結果,観客の興奮や落ち着きなどの情動反応が舞台上に可視化されて,その中で踊るダンサーの動きに反映され,その身体表現によってさらに観客の感情が揺さぶられるという相互反応の循環が生まれることによって,観客は自身も舞台に参加しているという感覚が増し,ダンサーは踊る中で観客との精神的なつながりを感じられるという結果が得られた。

「身体」の概念が拡張する未来の心理学

このように人の身体感覚と経験をデジタル空間と接続する身体性メディアの技術により,人と人とが空間を超えて感覚を伝え合い,身体的経験を共有し,自らの身体の制約を超えて活動し,情動をも伝え合うことが可能になりつつある。さらに2018年に発表されたANA Avatar XPRIZEを契機として,日米を中心にアバター技術の産業化の機運が高まっており,数年のうちに多くの企業やスタートアップが参入するに至っている。三菱総合研究所の50周年記念研究17でも示されているように,今後20~30年以内に,人の日常的な行動の多くがアバター経由で生身の行動と遜色なく行える技術基盤が確立し,デジタルネットワークを介して感覚情報だけでなく身体的な経験や感情をも共有できるような時代が訪れるだろう。人々は自分の生まれ持った身体とアバターとを接続することで「新たな身体」を獲得し,身体と空間の制約を超えて自在に活動できるようになる。このような「サイバネティック・アバター18」の技術の発展と普及に伴い,2050年には,私たちが有していた「個人の人格と身体とが一対一に対応する」という概念は過去のものとなるかもしれない。人と人,人とアバターが相互接続される世界において,人は自身の意識の一部を「もう1つの身体」であるアバターに接続し,場面に応じて身体を自在に拡張・変容させながら活動するようになる。自分の中に多様な人格を内包し,多彩な身体を用いて人は人の一生分以上の経験を獲得する。

このとき,人は物理的な身体からどこまで自由になれるだろうか。人の身体認知モデルはどのように変容し,自分と他者の境界はどこに生まれ,自身の中に存在する多様な「分人」19が得る多彩な経験をどのように統合して自己を形成するのだろうか。社会的なインタラクションの前提となる個人の概念が大きく変化する中で,人の社会性や他者とのつながり方はどのように変容するのだろうか。

テクノロジーが人と社会を大きく変えつつあるいま,心と身体の関係性の大前提が劇的に変化する中で,人の何が変わり,何が変わらないのか。人類が次の一歩を踏み出すための未来の心理学を,心理学,情報学を始めとする様々な領域の研究者や実践者と手を携えて考えていければ幸いである。

文献

  • 1.Durkin, J., Jackson, D., & Usher, K. (2021). Touch in times of COVID–19: Touch hunger hurts. J Clin Nurs, 30, e4–e5.
  • 2.Minamizawa, K. et al. (2012). TECHTILE toolkit. IEEE Haptics Symposium.
  • 3.Furukawa, T. et al. (2019). Synesthesia wear: Full–body haptic clothing interface based on two–dimensional signal transmission. SIGGRAPH Asia 2019 Emerging Technologies.
  • 4.Saraiji, M. H. D. Y. et al. (2018). Metaarms: Body remapping using feet–controlled artificial arms. ACM UIST 2018.
  • 5.Nabeshima, J. et al. (2019). Arque: Artificial biomimicry–inspired tail for extending innate body functions. ACM SIGGRAPH 2019 Emerging Technologies.
  • 6.Fernando, C. L. et al. (2012). Design of TELESAR V for transferring bodily consciousness in telexistence. 2012 IEEE/RSJ IROS.
  • 7.早川裕彦他.(2020). 「高実在感を伴う遠隔コミュニケーションのための双方向型視聴触覚メディア:「公衆触覚伝話」の提案」『日本VR学会論文誌』25(4), 412–421.
  • 8.柴﨑美奈他.(2016). 「からだタップ: からだで感じるタップダンス」『日本VR学会論文誌』21(3), 537–540.
  • 9.Ju, Y. et al. (2021). Haptic empathy: Conveying emotional meaning through vibrotactile feedback. ACM CHI 2021.
  • 10.Kasahara, S., Nagai, S. & Rekimoto J. (2016). Jackin head: Immersive visual telepresence system with omnidirectional wearable camera. IEEE TVCG, 23(3), 1222–1234.
  • 11.Ishida, R. et al. (2018). Sensory–motor augmentation of the robot with shared human perception. 2018 IEEE/RSJ IROS.
  • 12.Hagiwara, T. et al. (2020). Individuals prioritize the reach straightness and hand jerk of a shared avatar over their own. Iscience, 23, 12.
  • 13.Saraiji, M. H. D. Y. et al. (2018). Fusion: Full body surrogacy for collaborative communication. ACM SIGGRAPH 2018 Emerging Technologies.
  • 14.Hatakeyama, K. et al. (2019). MusiArm: Extending prosthesis to musical expression. 10th Augmented Human International Conference.
  • 15.Kieliba, P. et al. (2021). Robotic hand augmentation drives changes in neural body representation. Science Robotics, 6, 54.
  • 16.Sugawa, M. et al. (2021). Boiling Mind: Amplifying the Audience–Performer Connection through Sonification and Visualization of Heart and Electrodermal Activities. ACM TEI 2021.
  • 17.三菱総合研究所.(2021). 『50周年記念研究「100億人・100歳時代」の豊かで持続可能な社会の実現』.
  • 18.文部科学省.(2020). 『ムーンショット目標1「2050年までに,人が身体,脳,空間,時間の制約から解放された社会を実現」研究開発構想』.
  • 19.平野啓一郎.(2012). 『私とは何か:「個人」から「分人」へ』講談社現代新書.

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