【第12回】
サトウタツヤ
前回紹介したメルセデス=ロドリゴがコロンビアから移ったプエルトリコを扱いたかったのだけれど,資料が少なくて頓挫。中南米のメキシコを紹介します。江戸時代初期に初めて太平洋を船で横断したのが仙台藩の支倉常長(慶長遣欧使節)。メキシコ太平洋岸のアカプルコ入港(1614年)まで92日間かかったそうです。
メキシコ
アステカ帝国の栄華の後,スペインにより植民地化されたメキシコが独立戦争を経て独立したのは19世紀前半でした。ただし,アメリカと戦争して領土を割譲するなど19世紀中は不安定な政情にありました。心理学はどのようにメキシコに根づいていったのでしょうか? 近代心理学の象徴である実験室は1898~1923年に中南米(アルゼンチン,チリ,メキシコ,ブラジル)で設立されており,メキシコで心理学実験室が設立されたのは1916年のことでした。現在のメキシコ国立自治大学(National Autonomous University of Mexico: UNAM)でのことです。
これに先立つ1854年に心理学を学ぶ最初の本が出版されました。そして1902年にはメキシコで最初の心理学者とされるチャベス(Ezequiel Chávez)がドイツから5つの実験器具を輸入した記録も残されています(ただしその使途などはあまり明確ではありませんでした)。このチャベスはティチナー(イギリス人でヴントの弟子となりアメリカで教鞭をとった)のA Primer of Psychologyをスペイン語に翻訳して心理学の教育に用いていました。
また,心理学史上の有名人であるボールドウィン(James Mark Baldwin; 1861–1934)が,1905,1910,1913年にメキシコを訪問しておりチャベスと連携してメキシコの初期心理学に貢献したということもありました。
そしてチャベスの学生の中にアラゴン(Enrique O. Aragón)がいました。アラゴンは医学部の学生の時に心理学のコースを受講して実験心理学に興味をもったとのことです。彼は1916年に心理学実験室を作りました。
1918年の実験心理学コースの写真を紹介した論文があります(Escobar, 2014)。この写真には4名の女子学生が写っています。以下でその中の二人を紹介します。
一番左端に写っているのはスニガ(Guadalupe Zuñiga)です。彼女は1924~1941年の間,大学教員として,心理学の応用領域の確立に力を注ぎました。矯正領域において活躍し,1926年に未成年者のための裁判所を設置するためにも力を尽くしました。
画面中央でこちらを見ているのはギリェン(Palma Guillen; 1898–1975)だと推定されています。心理学を学んで教師の資格を得た彼女は,メキシコ革命(1910~1917年)後の教育システムの改革に力を尽くし,1935年にはコロンビアとデンマークの全権公使に任じられることになります。メキシコでは初,世界的にも先駆的な例でした。
文献
- Escobar, R. (2014). The instruments in the first psychological laboratory in Mexico: Antecedents, influence, and methods. History of Psychology, 17(4), 296–311.
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