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こころの測り方

キソジオンラインのすゝめ

立命館大学総合心理学部 教授

高橋 康介(たかはし こうすけ)

Profile─高橋 康介
専門は認知心理学。著書に『再現可能性のすゝめ:RStudioによるデータ解析とレポート作成』(単著,共立出版)など。

2020年春,コロナ禍による緊急事態宣言発令という未曾有の事態の中,多くの大学で入構禁止措置がとられ,突如オンライン授業の導入が始まりました。心理学教育では1〜2年次に実験演習や実験実習を行うことが通例となっています(心理学ワールド90号の小特集『心理学実験演習 ’20』)。実験演習の狙いには実験の立案,統計解析,レポートの作成なども含まれますが,何より「実験」を体験すること抜きにこの授業は成立しません。つまりオンライン授業の中で学生に実験を体験してもらう必要があります。そこで実験演習に使えるオンライン心理実験を作るプロジェクト「キソジオンライン(https://kohske.github.io/KisojiOnline/)」が急遽始動しました。

2021年3月現在,九州大学の黒木大一朗氏,成儒彬氏からも実験プログラムの提供を受け,現在では以下の8つの実験テーマ(おまけの「さださがし」は除く)が用意されています。今後も新たな実験テーマを追加していく予定ですので,実験の提供やリクエストをお待ちしています。

8つの実験テーマ

狙いと工夫

オンライン心理実験はすでに研究用途として幅広く使われており,ブラウザで動く実験は比較的簡単に作成できます。しかし通常の研究とは異なりキソジオンラインは教育目的での利用が前提のため,教員と学生の双方に使いやすく,また教育効果を高めるよう工夫しています。

実験プログラムは主にjsPsych(de Leeuw, 2015)というJavaScriptで動く心理実験ライブラリで実装していますので,ウェブブラウザとインターネット環境があれば動作します。一部テーマはスマホでも動作します(データ保存などを考慮するとPCで実施した方が安全だと思います)。教員も学生も特殊な環境整備は必要なく,実験研究に不慣れな人でも使えます。

実験演習は実験参加者として実験を体験して理解するだけでなく,「実験者」「科学者(研究者)」の訓練も兼ねています。対面の実験演習と違いオンライン実験では手続きの教示などの実験者役を体験することは難しいですが,学生に少しでも実験者(研究者)の役割を味わってもらうべく,実験終了後は自分が実施した実験結果ができるだけ生データに近い形でウェブブラウザに表示されるか,テキスト(csv)ファイルが保存できるようになっています。学生は自分の実験データを表計算ソフトなどに貼り付け,分析に使います。

実験演習の授業時間や規模,カリキュラムは大学によって異なりますし,授業計画の主体は言うまでもなく担当教員ですので,キソジオンラインはあくまで実験部分のみ提供するという控えめな位置づけに徹しています。ただし考察のポイントなど参考程度に記載しているテーマもあります。テーマによっては実験パラメータ(試行数など)を調整できるので,実験に要する時間も調整可能です。

学習できるトピック,手法が偏らないようにテーマを準備しています。現在では知覚(錯視),聴覚,記憶,視覚探索,運動学習,顔認知などのトピックが含まれています。手法としては,反応・遂行時間,再認正答率,閾値測定(極限法,恒常法)などをカバーしています。キソジオンラインのトップページの実験リストに簡単なキーワードがあるのでテーマ選択の参考にしてください。

実験プログラムはすべてgithubで公開しているので,実験作成に慣れた教員なら,授業内容にあわせてプログラムを独自に改変して利用することも可能です。このため実験プログラムはMITライセンスとしています。なおキソジオンラインの中身や利用法についての質問は,メールや「基礎心若手会(@JPS_Wakate)」のSlackで受け付けています。またスマホで動くようにして欲しいという要望が多ければ,各テーマのスマホ対応を検討しますのでご連絡ください。

想定される利用者

大学の実験演習での利用を想定していますので,その担当教員を利用者として想定しています。公認心理師カリキュラムへの対応で実験心理学を専門としない教員が実験演習を担当することもあると思いますが,そのような場合でも容易に利用できることを目指して作っています。大学に限らず高校,中学校,小学校,幼稚園,保育園,学習塾,予備校,カルチャーセンター,市民講座,サイエンスカフェ,その他で心理学のアウトリーチに使うこともできます。ただし利用方法や内容についてのレクチャーは時間の都合で困難です。

授業での使い方

上述の通りキソジオンラインではあくまで実験演習のうち「実験」部分を提供することを念頭においているので,実際にはどのような使い方をしてもらってもいいのですが,作成者として想定している使い方(授業の流れ)は以下の通りです。

まず採用した実験テーマについての理論的な背景や実験の内容,手順について講義形式で解説します。実験目的を知らない方が良い場合などは,背景の解説は実験実施後に行うのが良いでしょう。解説のための資料は担当教員が準備する必要がありますが,実験演習で広く用いられる実験テーマが大部分ですので,この点は特に問題はないでしょう。注意点として,実験終了後にウェブブラウザを閉じてしまうとデータが保存できない場合があるので,データの保存についての説明を予め行っておく必要があります。また授業で利用する際には,担当教員により事前に十分に動作確認を行ってください。

続いて学生は自ら実験に参加します。各実験テーマのページに実験プログラムへのリンクがあるので,このリンクを解説資料やLMSなどで提示し,学生にウェブブラウザでアクセスしてもらえば実験に取り掛かることができます。今のところ,実験の実施の際にトラブルがあったということは幸いにして聞いていません。

実験が終了したら,学生は自分の実験結果をLMSやメールで教員に提出します。ブラウザに結果が表示される場合には表計算ソフトやメモ帳などに貼り付けて保存して提出するように指示するのが良いでしょう。自動的にcsvファイルが保存される場合でも,そのまま提出させるのではなく,一度は学生が自分の目で生データを見る機会を与える方が良いでしょう。

実験演習ではほとんどの場合,同時に受講した複数の学生のデータをサンプルとしてデータ解析を行うと思いますので,教員は提出された全員分のデータを(個人情報がわからない形で)学生に配布するか,教員側である程度取りまとめて配布するか,いずれかの方法で実験データを配布します。データの提出から配布の間には時間を要する場合もあるので,この間に休憩を挟んだり,データ解析に関する解説資料を提示したりしましょう。分析用のデータを受け取った学生は,自身の手でデータ分析に取り組み,実験レポートを作成します。

以上の通り,キソジオンラインを用いた実験演習は,実験の実施に関する軽微な変更を除けば,従来の実験演習とほぼ同じ流れで実施可能です(逆に言えば対面での実験演習でキソジオンラインを使うことも可能です)。ただし実験実施やデータ解析に関するソフトウェア操作の質問に対してその場で実演回答が難しい,レポートを書く際もその場での個別の指導が難しいなどのオンライン授業に共通する問題はあります。

キソジオンラインの今後

2020年春に急遽始動したキソジオンラインでしたが,予想外に反響が大きく,連絡を受けただけでもいくつかの大学で実際に利用されたようです。また公開されている実験プログラムを改変して利用できて助かったという連絡もありました。筆者自身,オープンソースソフトウェア(OSS)文化で育ち,その恩恵を受けてきたため,自分が作成したものを公開して,それが人の役立つことはこの上ない喜びです。

非実験系心理学部局等でも簡単に活用できるようですし,公開した実験プログラムが研究者の手助けにもなっているようですので,キソジオンラインはコロナ禍収束後も継続していきたいと考えています。共同開発者を随時募集していますので,腕に覚えありの皆様はぜひご連絡ください。

ところで2020年度,実際にキソジオンラインを利用して実験演習 を実施した上で感じたことがあります。200年近く前,Wheatstoneは両眼視差と立体視の関係を調べるために,左右の目に異なる画像を提示できる反射式実体鏡を製作しました。このように実験装置の製作は研究の進歩と表裏一体の関係にあります。オンライン実験は確かに便利で教育にも有効なのですが,一方で実験装置に触れることはできません。実験心理学の醍醐味でもある人間の心の計測とそのために工夫され最適化された実験装置,これらを心理学の輝かしい歴史の一端として,実験演習などの心理学教育の中で実際に体験するということは,今後も続いて欲しいと思います。

文献

  • de Leeuw, J. R. (2015). jsPsych: A JavaScript library for creating behavioral experiments in a web browser. Behavior Research Methods, 47(1), 1-12.

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