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この人をたずねて

森口 佑介 氏
京都大学大学院文学研究科 准教授

森口 佑介 氏(もりぐち ゆうすけ)

Profile─森口 佑介 氏
福岡県出身。京都大学文学部卒業,京都大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。専門は発達心理学・発達認知神経科学で,子どもの想像力や実行機能の発達について研究している。単著に『子どもの発達格差』(PHP新書),『自分をコントロールする力』(講談社現代新書),『おさなごころを科学する』(新曜社),『わたしを律するわたし』(京都大学学術出版会)。

森口先生へのインタビュー

インタビュアー:いのうえ かずや

─森口先生がこれまで取り組まれてきた研究について。

子どもの発達が専門です。赤ちゃんから5~6歳までの幼児を対象に認知,脳の発達を研究しています。赤ちゃんは言葉を話せないし,人間から遠くみえる存在ですが,人間らしくなる過程,人の社会に参画できるまでの道のりに興味があり,その成長過程を実証的に研究しています。

主に,獲得と喪失の両側面から研究を進めています。獲得は,「実行機能」についてです。実行機能は,自分の行動,目標に向かって注意をコントロールする機能のことを指します。赤ちゃんの時は,そのコントロールが難しく,幼児期になると少しずつコントロールできるようになってきます。その発達過程と,脳でどのような変化が起こっているのかを明らかにする研究をしています。

次に喪失は,「空想の友達」についてです。日本的にいうと,となりのトトロのような,自分にしか見えない存在のことを指します。子どもは,実際には存在しない他者を心の中で,つくりあげ,それと遊ぶということを幼児期くらいに行います。そして,小学校に入ると,そういう遊びをしなくなります。私はそれを喪失の過程として位置づけ,なぜ空想の友達がいなくなるのか,なぜそういう遊びをするのかという部分について研究を進めています。

─空想の友達は,ほとんどの子どもでみられるのでしょうか?

一番多いのは4歳くらいです。自分にしか見えない存在が見られるのはピークで1割くらいです。ぬいぐるみや物を擬人化するものを含めると,5~6割くらいの子にみられます。そのため,空想の友達を持つ子どもが特別変な子ではなさそうです。

─どちらかというと,実行機能の研究に重きを置かれているのでしょうか?

実行機能の研究は,基礎的な興味で研究を始めましたが,今は社会的意義の部分が大きくなってきました。例えば,実行機能が高いと,就学後の学力が高い,問題行動が少ない,社会人になってからの経済的な状況が良いといった知見が出ています。一方で,純粋な学問的興味という意味では,空想の友達の方が,不思議で面白いと思っています。両方の研究を大事にしています。

─空想の友達で遊ぶ子は,言語能力が高いという論文を読みましたが,空想の友達は,ポジティブなもの? ネガティブなもの?

入り口としては,そこがすごく気になっていました。歴史的には統合失調症の兆候や,極端にさみしい子がそういうことをしているのではないかと言われていました。一方で,空想の友達を持つことで,心の理論,他者の気持ちを理解するトレーニングになるという研究者もいます。しかし,どちらのデータも再現されないこともあり,ポジティブでもネガティブでもなく,遊びの一種であるという印象です。ただ,おしゃべりが上手な子が,そういった遊びをすることは多く,言語能力との関連はあるかなと思います。

─実行機能,空想の友達といった研究テーマに至ったきっかけについて。

高校生くらいの時に,「キレる若者」とマスコミが言っていて,自分も社会から批判されているような気持ちになり,なんでやねん!と思いました。そこから,どういう人がキレるのか,自制心みたいなものはいつ獲得されるのか,興味を持ったのが実行機能の研究を始めたきっかけになります。

ただ,子どもの研究全般をみてみると,獲得の研究が多く,何かできるようになるというのは,当たり前ではないかと思うようになってきました。獲得があるのであれば,失うものもあるのではと思い,ちょうどポスドクが終わって,就職したくらいの頃に,空想の友達に出会いました。

─3~5歳で急激に実行機能の獲得が起こるということですが,そこで生じた差は縮まらないのでしょうか?

そこが今,関心がある部分なのですが,基本的には幼児期にできた差というのは,さらに広がっていく可能性が高いです。そして,青年期で大きな差がついていて,人生を左右するということがあると思っています。そのため,幼児期での支援が社会に対して,一番重要であると思っています。

─先生の研究の意義について。

「空想の友達」に関する記事が新聞などに掲載されると,ある保護者から,泣きながら,「自分の子どもが目に見えない何かと遊んでいて,ずっとうちの子はおかしいと思っていました……」と電話がかかってきたこともありました。

いきなり支援をするのではなく,まずは一般の方にも,実行機能や空想の友達について,知ってもらうということが重要だと思っています。

─今後,取り組もうとされている研究について。

保育園などで,実行機能を支援,トレーニングするプログラムの開発を行っています。主にマインドフルネス,音楽などで実行機能を高められるかについて研究をしています。

「空想の友達」の研究については,その脳内,認知のメカニズムがどうなっているのかを明らかにすることが挙げられます。

もうひとつ新しく始めていることは,意識の研究です。幼児期に,物心がつき,自分が見ている世界に気づくようになってきます。子どもの意識,気づきが,幼児期の発達における一つの重要な要素であると捉え,そうした研究も行っていきたいです。

─実行機能を獲得させていくという,トレーニングの部分にとても興味を持ちました。行動分析学の関係フレーム理論の領域でも,セルフコントロールや視点取りがどういう風に獲得されるのかという研究があるので,個人的には関連性が深いように感じました。
研究を発信する際に,気をつけていることはありますか?

論文を出すことが終わりではなくて,出してからが始まりです。論文を出してから,議論が始まって,自分の主張やデータがどう評価されるのかが始まります。そのため,研究のスタート地点ともいえる論文を出すところに,まずは立つことを意識しています。

─若手の研究者に向けて,メッセージをお願いします。

今,心理学が難しいところにあります。例えば,再現性の問題,さらに人工知能,神経科学などの領域に人材が流れているようにも思います。

たとえば,記憶の研究一つとっても,もともとは心理学が様々な分野に対して,発信をしてきた側だと思います。そのため,心理学者というアイデンティティを持って,他の学問に影響を与えられる研究をさらにやっていきましょう。心理学は面白い。

インタビュアーの自己紹介

インタビュアー:いのうえ かずや

インタビューを終えて

インタビュー後,私の論文執筆文字数が急激に増加しました。このインタビューは,私にとって非常に有意義で刺激に満ちた時間となりました。森口先生に心から感謝したいです。

「理想的な研究者像」というのが森口先生の一番の印象です。特に,①得られた研究知見を分かりやすく社会に還元すること,②再現性の問題やデータに対する誠実な姿勢,③研究の意義だけではなく,純粋な学問的興味も大切にされている点が印象的でした。

また,森口先生は論文のみならず,一般の方に向けて,書籍や講演など異なる層に媒体を変えて,心理学の知見を面白く,誠実に伝えておられました。そして,それが社会貢献にもつながっていました。このような先生に少しでも追いつきたいと強く思いました。

今,関心を持って取り組んでいる研究内容

野球の送球イップスに対して,認知行動療法の一つであるAcceptance and Commitment Therapy(ACT)を生かした支援プログラムの開発を行っています。

そのほか,Implicit Association Testを発展させたパソコンの認知課題であるImplicit Relational Assessment Procedure(IRAP)を用いて,変容のアジェンダ(嫌な気持ちをコントロールしたい信念)の測定を行っています。

Profile─いのうえ かずや
早稲田大学人間科学学術院 助教。早稲田大学 博士(人間科学)。専門は認知行動療法,行動分析学。論文にReliability and Validity of the Implicit Relational Assessment Procedure (IRAP) as a Measure of Change Agenda, The Psychological Record, 2020など。

いのうえ かずや

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