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ここでも活きてる心理学
心理学者が企業で働く3カ条
大瀧 翔(おおたき しょう)
Profile─大瀧 翔
2013年,京都大学文学部博士後期課程単位取得退学。2015年,博士(文学)。同年,トヨタ自動車株式会社入社。2021年,Woven Alpha株式会社出向。専門は比較認知神経科学,自動運転。
こんにちは。トヨタ自動車株式会社,自動運転・先進安全開発部の大瀧と申します (2021年より,Woven Alpha株式会社出向)。部署名から想像していただけるように,自動運転を開発しています。中でも,最近取り組んでいるのは,イーパレット(e-Palette)という商用車向けの自動運転の開発です。詳しくは,弊社ウェブサイトをご覧ください(https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/34527255.html)。
今回の記事のお話しをいただいてから,どういった読み手の皆様に,どういった内容をお話ししようか考えました。競争が激しい分野ですので,仕事の内容を詳しくお伝えすることはできませんし,きっとあまり面白くありません。悩んだ挙句,心理学を学ぶ学生さん向けに,私が開発の現場で大事にしている3カ条をお伝えすることにしました。博士の学位を取得した心理学者が,飛び交う単語もわからない機械系メーカーで奮闘する日々を想像していただきながら,進路を考える参考にしていただければ,僥倖です。
1.複数の専門性を身につける。
私の専門は比較認知神経科学で,大学では鳥類の視覚系を研究していました。即戦力人材であるはずもなく,入社時から自動運転のロジックとソフトウェアを勉強しました。1年ほど経って,評価ドライバーの視線と体勢を,自動運転のデータと時間的に紐づけて取得するようにシステムを組みました。この時から,自動運転中のドライバーに対する理解が深まり,自動運転からドライバーに呈示する情報の効果について定量的な評価ができるようになりました。視線データの取得と分析は,心理学の十八番とも言えるテクニックですが,それだけではなかなか製品開発に繋がりません。より良い製品のために,自動運転ソフトウェアを自分で書き換えていかなければなりません。心理学的な方法論と,自動運転ソフトウェアスキルの組み合わせが,機械系人材とは異なる成果に繋がりました。ちなみに,このときの成果は,国連欧州経済委員会に設けられた自動車基準調和世界フォーラムに提出され,国際ルール策定に寄与しました。
2.誰もがやることをやる。
学術界では,誰もやったことがないことをやらないと評価されませんが,企業では違います。誰もやらないことは,お客様に求められていないことが多いからです。競合他社と同じ製品やサービスを,競合他社よりも性能よく,安く提供することに価値があります。これはちょっとしたカルチャーショックでした。
3.チームで仕事をする。
大学では,隣の人と同じテーマの研究をすることは稀です。企業では,少なくとも数人,多ければ数十人のチームで仕事をし,人事評価も基本的にチーム単位で行われます。入社から6年が過ぎ,私はマネージャーとして働いていますが,チームで仕事をする大切さと,難しさを日々感じながら働いています。
以上が,私が入社以来の経験から,大事にしている3カ条です。大学とは異なる価値観に戸惑うこともありましたが,今では心理学に育ててもらった自分の能力を,十分に発揮できていると思います。心理学を修めた方,特に博士の学位を取得した方が企業で働くケースは,まだまだ多くはありませんが,進路を考える上での選択肢に是非加えてみてください。
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