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【特集】

ヒトのアタッチメント再考

ヒトを含むほ乳類動物は,ホメオスタシスが急激に崩れると養育個体の身体に近接し,接触する(アタッチする)ことで生存可能性を高める行動制御システムをもっています。ボウルビィは,幼少期に特定の他個体に対し,「いざとなればいつでもくっつける」安定的な関係(絆)を築くことがその後の心身の健康に大きな影響を与えると考えました。この見方は,現在の育児や教育現場にインパクトを与え続けていますが,アタッチメント対象は母親であるべき,母親からの情愛の深さが子どもの健全な成長を左右するといった過剰な解釈にも根拠なくつながっているように思います。しかし,ヒトを生物の一種とした見方を根幹にすえると,旧世界ザルの母子,そして,欧米圏の白人中流階級に特化したステレオタイプに基づく旧来のアタッチメントの解釈は再考すべき点が多いのです。

本特集では,ヒトにとって適応的に機能するアタッチメントとはどのようなものであるかを,文化人類学,児童精神医学,霊長類学,社会内分泌学から最先端の知見を提供いただき,再考したいと思います。(明和 政子)

愛着関係の多様性─⽂化⼈類学の視座から

高田 明
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 准教授

高田 明(たかだ あきら)

Profile─高田 明
京都大学博士(人間・環境学)。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 助手,The UCLA Center for Language, Interaction, and Culture 客員研究員,ボツワナ大学人文学科アフリカ言語・文学専攻 附属研究員などを経て現職。単著に『相互行為の人類学』(新曜社),The ecology of playful childhood (Palgrave Macmillan),Narratives on San ethnicity (Kyoto University Press & Trans Pacific Press)。

ヒト本来の子育て

愛着理論を提唱したボウルビィは,精神分析学の問題提起を受け継ぎながら,そのころ勃興しつつあった動物行動学や認知科学の知見をも積極的にとり入れた(Bowlby, 1969)。さらにエインズワースらは,実験的観察法のパラダイムを用いて,母親と乳児の間の愛着を安定型,不安定−回避型,不安定−抵抗型,不安定−混乱型といったパターンに分類した(Ainsworth et al., 1978)。これによって愛着理論は経験的研究としての色彩を強め,発展していった。

愛着理論の隆盛は,ルソーの思想などに端を発する素朴概念としての愛着がすでに西欧の人々に膾炙していたことにも多くをよっている。よく知られているように,ルソーは自然の直接的な観察に基づいて人間を考えるという方針を確立し,近代的な人文社会科学の枠組み形成に大きく貢献した。こうした観点からルソーは,自然状態の人間すなわち「自然人」として,不平等がほとんど存在せず,争いのない人々の姿を思い描き,さらには「ヒト本来の子育て」について論じた(図1:ルソー, 1755/2016, 1762/2007)。

図1 ジャン・ジャック・ルソー(1712–1778)
図1 ジャン・ジャック・ルソー(1712–1778)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jean-Jacques_Rousseau_(painted_portrait).jpg

そうした議論を受け,文化人類学において脚光を浴びたのが狩猟採集社会である。他の種からわかれた後,ヒトはその歴史の大半を野生動植物の狩猟や採集により生きてきた。ここから人類社会の発展に関心を持つ研究者は,「自然人」や「ヒト本来の子育て」の特徴は,狩猟や採集に基づく生活様式と結びついていると考えた。そこで注目されたのが現代に生きる狩猟採集民,とりわけ人類発祥の地ともいわれる南部アフリカの半乾燥地で遊動生活を送っていたサンの一集団ジュホアンである。学際的調査が敢行され,ジュホアンは広大な原野で家族的な結合に基づき,共同と分配を原則とする平等な社会を形成していると論じた(Lee & DeVore, 1968)。また欧米と比べて,ジュホアンの母子間の密着度や授乳の頻度ははるかに高く,離乳の時期はずっと遅かった。その結果,子どもは母親に強い愛着を形成するようになると考えられた。密着した母子関係は,荒涼とした自然環境での遊動生活において危険を回避し,十分な食料を与えることで子どもに安全と安心を与えるとされた(Draper, 1976; Konner, 1976)。

こうした研究を主導したコナーは,最近これらの特徴をまとめて「狩猟採集民の子どもモデル(HGCモデル)」と呼んでいる(Konner, 2016)。HGCモデルは,ルソー(1762/2007)に端を発し,近代に広まった人生初期における教育の理念型,すなわち愛情に充たされた自然で家庭的な環境において子どもの自発的な学びを引き出そうとする教育観に回帰するもののように思われる。こうした研究は愛着研究,動物行動学,霊長類学とも相互交流を進めつつ,「ヒト本来の子育て」のモデルとみなされるようになった。

狩猟採集社会における子育ての多様性

その後,HGCモデルを批判的に検討する中で狩猟採集社会における子育ての多様性に関する議論が深まってきた。たとえばヒューレットは,多くの狩猟採集社会ではキャンプにおける人口の密集性が農耕社会や牧畜社会より高く,多人数による養育行動をとりやすいと論じた。とりわけ,中央アフリカの熱帯雨林に暮らすアカ(いわゆるピグミーの一集団)では,もっとも重要な生業活動であるネット・ハンティングに乳幼児の母親を含む多くの女性が動員されていた。母親が忙しいとき,乳幼児はキャンプに残った人々により,文字通り手から手へ渡されるようにケアされていた。なかでもアカの父親は,これまで知られているどんな社会の父親より乳幼児のケアに貢献していた。またアカの人々は労働時間の大半を狩猟に費やしていたが,とれた肉を近隣の農耕民の農作物と交換することで乳幼児の離乳食を入手していた。母親以外による授乳(もらい乳)もしばしばみられた(Hewlett, 1991)。

そして,アカの乳児は母親を含む平均5~6人の養育者に愛着行動を示していた(Meehan & Hawks, 2013)。同様の特徴は,やはりピグミー系の狩猟採集民の一集団であるエフェでもみられた(Morelli & Tronick, 1992)。愛着理論やその実践家は長い間,主たる養育者が定まっていないと健全な愛着が形成されない怖れがあると論じていた。だが上記の研究は,複数の養育者がいても,主たる養育者への愛着の形成が妨げられるとは限らないこと,また愛着関係は単一のかたちに還元されるとはいえないことを示した(Mesman et al., 2016; Moreli et al., 2017)。

その後もHGCモデルへの反証をうたう事例が発表されていった。コナー(2016)のレビューによれば,そうした事例は,狩猟採集社会にも①離乳が相対的に早い,②キャンプの他のメンバーがよく養育に携わり,母子間の密着度が相対的に低い,③乳幼児へのしつけが厳しく,乳幼児の放縦さがあまり認められない,といった集団があることを示している。コナーは,こうした事例から導かれるHGCモデルの改訂版ともいうべきモデルを「許容的適応としての子どもモデル(CFAモデル)」と呼び,ヒトの環境適応の許容度の広さを示すとして一定の評価を与えている。

もっともコナー(2016)によれば,そうした多様性が認められるとしても,それはジュホアンと比べた場合の程度の問題である。そして欧米社会と比べれば,それらの狩猟採集社会においても,母親によるケアの第一義性や母子間の密着度の高さはやはり特筆すべきだという。たとえばヒューレット(1991)のデータでは,父親が赤ちゃんの抱っこ全体にしめる割合は母親の半分以下だった。また父親の抱っこは,キャンプ内では母親と比肩するほど多かったが,ブッシュではほとんどみられなかった。つまり,乳幼児期を通じて父親は母親の次に重要な養育者だったとはいえ,その貢献度は母親をかなり下回っていた。それを反映して,乳児は母親にもっとも多くの愛着行動をみせていた。父親にみせる愛着行動はそれに次ぐものだったが,母親の数値にははるかに及ばなかった。エフェのデータ(Morelli & Tronick, 1992)でも同様の傾向がみられた。さらにコナー(2016)によれば,ジュホアンにおいても(後の研究者たちが批判的にほのめかしたように)母親だけが乳幼児をケアするということはないし,そのような主張がされたこともない。コナー(1976)でも,母親だけでなく,父親やその他の大人も乳幼児と密接に接触し,ケアをおこなっていたことがはっきり示されている。

社会システムにおける母子のサポート

したがって,理論的な強調点の違いはあれ,HGCモデルとCFAモデルを導いた民族誌的資料はさほど遠くないことを示している。すなわち,狩猟採集社会における子育てでは,母親に代表される主要な養育者が重要な役割を担っている(HGCモデルが強調した点)が,それ以外の養育者の貢献も大事である(CFAモデルが強調した点)。では,愛着理論との関係でこうした民族誌的資料をどのように位置づけるべきだろうか?私が推奨したいのは,愛着関係にいくつの型があるのか,また主たる養育者が一人に限られる(べき)かという,これまで膨大な誌面が費やされてきた争点に決定的な答えを求めるのではなく,親密な応答性を基軸としたよりダイナミックで多くの人々を巻き込んだシステムとして愛着関係をとらえ直すという方向性である。こうした観点から私は,乳幼児が養育者との関わりを通して責任を形成していく文化的な過程についての研究を推進してきた(Takada, 2020)。ここで私は「責任(responsibility)」をその語源である「応答可能性」に由来し,上述の「親密な応答性」すなわち乳幼児と養育者との間主観的な関わりに基礎づけられた関係論的な用語として用いている。

具体例をあげよう。ジュホアンを初めとするサンの諸集団では,母親以外を含む養育者が乳児を早くからひんぱんに膝の上で抱え上げ,立位を保持,あるいは上下運動させる。私はこの養育行動をジムナスティックと呼んで研究してきた(図2)。ジムナスティックは,授乳と同じく親密な応答性によって特徴づけられる。また,むずかった乳児をあやしたり,原始反射の一つである乳児の歩行反射を引き出したりする。ジムナスティックはまた,養育者と乳児が行動の同期性や音楽性を体感する機会を提供し,それに基づく帰属感や一体感の源となる。さらに,長期間ひんぱんにジムナスティックをおこなうことで,乳児は歩行行動を引き出され続け,ひとり歩きを早く達成する。ジムナスティックはこれらを通じて,乳児の身体の組織化や感覚運動的な発達に大きな影響を与えるだけでなく,乳児が言語などの認知的道具を用いて社会的状況を理解し始めるより前から周囲の人々の関係のネットワークに乳児を位置づけ,母親やそれ以外の人々と愛着関係を育むことに寄与する(Takada, 2020)。

図2 子どもにジムナスティックを行うサンの父親
図2 子どもにジムナスティックを行うサンの父親

これと関連して,ヒトを含む霊長類の発達行動学を推進してきた根ヶ山は,母子関係に限らず,個体の関係にはすべからく個体間が引きつけ合う「求心性」と離れようとする「遠心性」が認められるという。そして愛着理論は,求心性のみが強調される,バランスを欠いた母子関係を理想化してしまったと批判する(根ヶ山,2021)。母子関係にも遠心性が強まる状況や時期がある。それは子どもが母親以外の他者との求心性を形成する機会となり,母親の子育ての負担を軽減することにもつながる。上述のサンにおける母親以外によるジムナスティックは,そうした機会を活用し,母子間を超えた社会的ネットワークを形成・維持することに大きく貢献している。

また優れた霊長類学者・人類学者であるハーディによれば,ヒトの祖先は,両親とその周囲の個体が子どものケアに投資するような社会的な仕組みに「感情的にモダンな」乳児が前適応(生物が進化の過程で発達させた特定の機能を持つ形質のうち,その後の環境適応によって別の機能に転用されるようになるもの,あるいはその転用の過程を指す)していたシステムにおいてのみ進化できた(Hrdy, 2016)。この仮説は,私たちの祖先が,その環境において利用可能な資源やその集団のメンバー間の関係に応じて,愛着関係を柔軟に変化させてきた可能性を示している。またメーハンら(2016)がいうように,ヒトの「母子のペアは,孤立しているのではなく,身体的および心理的レベルでより広い社会的世界に浸透し,そこから影響を受けている」。したがって,他者の協力に多くを負っているのは子どもだけではない。主たる養育者もまた,彼女とその子どもを支援しようという周囲の人々の気遣いを必要としているのである。

以上を鑑みれば,狩猟採集社会の事例から「ヒト本来の子育て」について洞察する出発点は以下となるだろう。狩猟採集社会は他の社会よりも直接的に自然環境に支えられている。そのため,自然環境の変化に応じて柔軟にその姿を変えうるし,それを必要としている。狩猟採集社会の子育てやそれを支える人間関係を特徴づけており,他の社会におけるそれらの基層をなすのは,この柔軟性と可塑性であろう。

文献

  • Ainsworth, M. D. S., Blehar, M. C., Waters, E., & Wall, S. (1978). Patterns of attachment: A psychological study of the strange situation. Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.
  • Bowlby, J. (1969). Attachment and loss, vol.1: Attachment. London: Hogarth.
  • Draper, P. (1976). Social and economic constraints on child life among the !Kung. In R. B. Lee & I. DeVore (Eds.), Kalahari hunter-gatherers: Studies of the !Kung San and their neighbors (pp.199–217). Cambridge, MA: Harvard University Press.
  • Hewlett, B. S. (1991). Intimate fathers: The nature and context of Aka Pygmy paternal infant care. Ann Arbor, MI: University of Michigan Press.
  • Hrdy, S. B. (2016). Development plus social selection in the emergence of “emotionally modern” humans. In C. L. Meehan & A. N. Crittenden (Eds.), Childhood: Origins, evolution, and implications (pp.11–44). Albuquerque, NM: University of New Mexico Press.
  • Konner, M. J. (1976). Maternal care, infant behavior and development among the !Kung. In R. B. Lee & I. DeVore (Eds.), Kalahari Hunter-Gatherers: Studies of the !Kung San and their neighbors (pp.218–245). Cambridge, MA: Harvard University Press.
  • Konner, M. J. (2016). Hunter-gatherer infancy and childhood in the context of human evolution. In C. L. Meehan & A. N. Crittenden (Eds.), Childhood: Origins, evolution, and implications (pp.123–154). Albuquerque, NM: University of New Mexico Press.
  • Lee, R. B., & DeVore, I. (Eds.). (1968). Man the hunter. Los Angeles, CA: Alfred Publishing Company.
  • Meehan, C. L., & Hawks, S. (2013). Cooperative breeding and attachment among the Aka foragers. In N. Quinn & J. Mageo (Eds.), Attachment reconsidered: Cultural perspectives on a Western theory (pp.85–114). NY: Palgrave.
  • Mesman, J., Van IJzendoorn, M. H., & Sagi-Schwartz, A. (2016). Cross-cultural patterns of attachment: Universal and contextual dimensions. In J. Cassidy & P. R. Shaver (Eds.), Handbook of attachment: Theory, research, and clinical applications (3rd ed.) (pp.852–877). NY: Guilford.
  • Morelli, G. A., & Tronick, E. Z. (1992). Efe fathers: one among many? A comparison of forager children’s involvement with fathers and other males. Social Development, 1(1), 36–54.
  • Morelli, G. A., Chaudhary, N., Gottlieb, A., Keller, H., Murray, M., Quinn, N., Rosabal-Coto, M., Scheidecker, G., Takada, A., & Vicedo, M. (2017). Taking culture seriously: A pluralistic approach to attachment. In H. Keller & K. A. Bard (Eds.), The cultural nature of attachment: Contextualizing relationships and development (pp.139–169). Cambridge, MA: MIT Press.
  • 根ヶ山光一 (2021). 『「子育て」のとらわれを超える:発達行動学的「ほどほど親子」論』新曜社
  • ルソー, ジャン・ジャック/今野一雄(訳) (2007). 『エミール(上・中・下)(改版)』岩波書店(原著:1762年刊)
  • ルソー, ジャン・ジャック/本田喜代治・平岡昇(訳) (2016). 『人間不平等起源論』岩波書店(原著:1755年刊)
  • Takada, A. (2020). The ecology of playful childhood: The diversity and resilience of caregiver-child interactions among the San of southern Africa. Cham, Switzerland: Palgrave Macmillan.

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