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裏から読んでも心理学

子供がゲームばかりで勉強しません。

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

転生系とかタイムループ系とか見かけるたびに,ロールプレイングゲームとかセーブ機能とかってすごい発明だったなと思うわけです。あの手のゲームとあの手のシステムの存在があの手の物語の誕生に一役買ったことは間違いない。

とは言え一方で,人の行為の因果を特定するのが容易でないことは,心理学を学んだことのある方々ならば身に沁みていることでもあるでしょう。「絶対これがこうなってこういうことになってるはずだって!」と盛り上がって,大量の時間とエネルギーと諸々を投入してデータを取ってみたものの,分析結果がショボくて泣けてくるという経験を積んで初めて心理学者として一人前という話があるほどに,データの突きつけてくる現実は時に厳しく時に冷酷なものです。もっと違う変数で,もっと違う分析で,もっと違うp値と出会える世界線が選べたら良かった。

しかし諦めるのはまだ早い。研究を一種のゲームと考えれば,セーブポイントからやり直すことだって可能なはずです(Bakker et al., 2012)。中身をちょっと変えて変数を合成し直してみたり,中央値分割を25パーセンタイルの上位と下位に変えてみたり,共変量を追加してみたり交互作用してみたり。待ち受ける世界はどこまでも広大で,理想のピーチと出会いハッピーエンドを迎えるまで,数多の分析を繰り広げ無数の世界線を味わい尽くすことこそ,データ分析というこのゲームの醍醐味。

そんな自由を知ってしまったら可能性の極限を見極めたくなるのが人というもの。一人で出来ることには限りがあるし,Silberzahnさんたち,30近くの分析チームで手分けして探検に乗り出すことにしました(Silberzahn et al., 2018)。テーマは人種差別。欧州サッカーリーグで「肌の色が濃い選手のほうがレッドカードを出されることが多い」なんてことになっているのか,いないのか。同じセーブデータからプレイ(分析)して,どれだけ異なる世界線が待ち受けているのか探索しました。結果は言うまでもなく。人種差別の証拠はないという結論に到達した分析チームもあれば,肌色で3倍近くレッドカードを受けやすかったという主張をするチームまで,恋愛シミュレーションゲームもかくやというエンディング幅の広さ。

ところがどんな世の中にも空気を読めない人というのはいるようで。曰く,問題設定がぼやっと曖昧だから可能性が広がってるような気が一瞬するだけで,真面目にやったらそんな都合の良い話にはならない,と批判し始めました(Auspurg & Brüderl, 2021)。せっかく皆が楽しくプレイしているのに,謎の自分ルールを押し付けてくるのは止めていただきたい。もっとも,ゲームはもっともっと自由にプレイして良くて,正反対の結果がどっちも有意になるなんて,そんなに珍しいことでもないんだ!(いささか強引な意訳)と再反論する人もちゃんといるみたいなので(Schweinsberg et al., 2021),いちプレイヤーとしては,一安心というところでしょうか。

でもちょっと気になることも。探検を率いたSilberzahnさん,「カイザー(皇帝)とかケーニッヒ(王様)みたいに立派な名字の人は管理職に就きやすい」なんてガチに面白い研究を発表しておきながら(Silberzahn & Uhlmann, 2013),翌年にあっさり「あれは分析が適切でなくて,そんな証拠はない」と自己批判してるんですよね(Silberzahn et al., 2014)。上手くいったプレイ結果だけ見ておけば良いのに,なんでそんなことするのでしょう。あれ,でも,研究って,そもそもそんなゲームでしたっけ?

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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