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【小特集】

マンガの読解過程とリテラシー

中澤 潤
植草学園大学・植草学園短期大学 学長,千葉大学 名誉教授

中澤 潤(なかざわ じゅん)

Profile─中澤 潤
広島大学大学院教育学研究科修士課程修了。博士(心理学)。専門は発達心理学。著書に『社会的行動における認知的制御の発達』(単著,多賀出版),Visual Narrative Reader(共著,Bloomsbury)など。訳書に『マンガの認知科学』(北大路書房)など。

マンガへの疑問

「おそ松くん」にはまっていた子どもの頃,「マンガは絵を並べただけなのに,なぜそこからストーリーがわかるのか」が疑問だった。1992年,低学年誌に適したマンガの形式を知りたいという出版社からの依頼をきっかけに,この幼い頃の疑問を解こうとマンガの読みを検討してきた[1]。90年代はマンガで育った私の世代を中心にマンガの読みへの関心が国内外で持たれ始めた時期だった[2],[3]

マンガの読みリテラシー

マンガのストーリーを読み理解できることをマンガ読解力とし,その基礎となるマンガの読みリテラシーを明らかにするため,CCCT(Chiba university Comic Comprehension Test)と呼ぶテストを作成した。読解力は1つのストーリーマンガを読みその後の再生や理解度から測定した。読みリテラシーは「コマの読み」と,「コマの流れの読み」で構成した。コマの読みリテラシーはコマ内の,描かれている絵,キャラクターの表情や動作,吹き出しの形による発声の種類,形喩(マンガの符号),音喩(擬音・擬態のグラフィックな文字表現),吹き出しやコマ内の文字などのコマ内の要素を理解し,その集約として1つのコマの内容を理解することである。このリテラシーは幼児から中学生にかけて上昇する。例えば,絵の理解をみると,手ぬぐいでほおかむりをし,唐草模様の風呂敷を背負っている人物は,その記号的表現から幼児でも泥棒とわかる(現実にこのような泥棒はいない)。小学生は背広を来た人物が黒板の前にいれば教師であると推論できる。学生帽をかぶり着物と袴を着た人物を明治・大正期の学生といえるには歴史の知識が必要であり中学生でも半数くらいしか理解できない。またマンガの吹き出しの形や形喩の意味も徐々に獲得されていく。

コマの流れの読みリテラシーは,コマの流れを通したエピソードや物語の把握,内容の推測などから構成される。マンガのコマの一部を省略し,そこにどのようなコマが入るかを尋ねると,発達につれ正しく推測できるようになる。これは物語の展開スキーマ(スクリプト)の獲得が背景にある。

マンガの読解力への2つの読みリテラシーの関与を見ると,小学生では双方のリテラシーが,大学生では流れの読みリテラシーのみが関わっていた。これらを総合しマンガの理解と評価のモデルを構成した(図1)。

図1 マンガの理解と評価の過程モデル
図1 マンガの理解と評価の過程モデル(Nakazawa, 2016, 一部改変)

マンガの読みの熟達

研究室の留学生が日本のマンガを全く理解できなかったことから,マンガの読みの経験や熟達の影響を検討した。リテラシー得点の高い,マンガ読み経験の多い子は,絵を中心に見るスムーズな眼球運動を示し,コマや吹き出しの見逃し(スキップ)も多かったが,後のストーリー再生は高かった。リテラシー得点の低い,マンガをほとんど読まない子の眼球運動は,特に吹き出しの文字に停留し,文字からストーリーの情報を得ようとしていたが,後のストーリー再生は十分ではなかった。熟達はコマの配列からの的確で効率的な情報収集をもたらした。また,マンガの読解力やリテラシーは,成人でもマンガの読みの経験のない人では低かった。さらに日本の大学生と比べると米国学生の日本マンガのリテラシーは低い。これらの結果は,読み経験が熟達をもたらし,それがさらにより効率的な読みや理解をもたらすことを示唆した(描きのリテラシーは4参照)。

ビジュアル言語理論

研究の過程でニール・コーン氏(タフツ大学院生・現オランダのティルブルフ大学准教授)からメールがあり,その後交流を重ねてきた。認知科学者であると同時にコミックアーティストでもある彼はコミックやマンガを絵の系列によるビジュアル言語の表現と捉え,ビジュアル言語構造に基づくコミックの理解の仮説を脳機能も含めた認知科学的検証を通して検討している。その概要はコーン(2013/2020)にまとめられている[5](本書には前述の私のいくつかの研究も引用されており,その理論構築の一端を担えたことを嬉しく思っている)。彼の研究の意義は,コミックをビジュアル言語表現と捉えることで,コミック研究が人間の認知能力の豊かさを示すものであることを明らかにしたことだ。

ビジュアル言語理論のポイントを以下に示す。コミックやマンガはビジュアル言語による表現である。口頭言語で英語と日本語が区別されるように,ビジュアル言語でもアメリカンコミックと日本マンガのビジュアル言語は異なる。コマはビジュアル言語の単位である。コマの系列はビジュアル言語の文法に従って構成される。コマの配列には背景となる規則がある。ビジュアル言語の処理には文章処理と同様の脳反応(N400,P600などの事象関連電位)が見られる。ビジュアル言語にはコミックのようなコマの空間系列で展開するもの以外にもアボリジニの砂絵のように時間的に展開するものもある。こうした観点は,マンガの機能を改めて見直す機会を与える。

コミックは分かりやすいのか?

コーン氏は新たな本を出した[6]。これは,「コミックなど絵の系列は普遍的で,誰でも理解できる」という言説を問う。例えば,心理学では絵の系列の分かりやすさを前提に,実験,知能検査,心の理論課題などに絵の系列を用いてきたがそれは妥当なのか?

コーパス分析により世界のコミックは普遍的ではなく多様であること,発達や所属する文化,また自閉症スペクトラムなど神経認知障害によっては,絵の系列理解に困難があること,そして絵の系列理解にはそれとの接触経験が重要であることなどを示している。

マンガ読解研究のこれから

今日マンガは電子媒体でも供給され,多様なコマの展開形式がある。その違いはマンガの読みや理解に差異をもたらすのだろうか。文章の読みとマンガの読みは脳機能レベルでどのような異同があるのか。マンガ創作の心理過程はどのようなものだろうか。このように,マンガの読みやリテラシーにはまださまざまな興味深い課題があり,その追究は人の認知能力の豊かさを検討することになる。マンガの母国日本から世界への独創的な研究発信が期待される。

文献

  • 1.Nakazawa. J. (2016). Manga literacy and manga comprehension in Japanese children. In N. Cohn (Ed.), The Visual Narrative Reader (pp.157–184). London: Bloomsbury.
  • 2.McCloud, S. (1993). Understanding comics. New York: Harper Collins. [マクラウド/海法紀光(訳) (1998). 『マンガ学』美術出版社]
  • 3.夏目房之介 (1996). 『マンガはなぜ面白いのか』日本放送出版協会
  • 4.Wilson, B. (2016). What happened and what happened next: Kid’s visual narratives across cultures. In N. Cohn (Ed.), The Visual Narrative Reader (pp.185–227). London: Bloomsbury.
  • 5.Cohn, N. (2013). The visual language of comics: Introduction to the structure and cognition of sequential images. London: Bloomsbury.[コーン/中澤潤(訳)(2020)『マンガの認知科学:ビジュアル言語で読み解くその世界』北大路書房]
  • 6.Cohn, N. (2021). Who understands comics: Questioning the universality of visual language comprehension. London: Bloomsbury.
  • *COI:開示すべき利益相反はない。

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