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私のワークライフバランス
ライフイベントによる研究中断とキャリア
太子 のぞみ(たいし のぞみ)
Profile─太子 のぞみ
大阪大学大学院人間科学研究科にて博士(人間科学)取得後,2012年神戸大学大学院海事科学研究科附属IMaRC研究機関研究員,2015年大阪大学大学院人間科学研究科助教などを経て,2018年より現職。専門は生涯発達心理学,応用心理学。
日本学術振興会RPDとなり,ご家族と協力しながら,「キャリアアップすること」と「出産・育児」に同時に取り組まれている太子のぞみ先生に,これまでに感じた葛藤や日々の取り組みを語っていただきました。
私の家族は,会社員の夫,6歳の息子,0歳の娘です。私は,独立行政法人日本学術振興会特別研究員RPDに採用され,受入研究機関である同志社大学心理学部で研究活動を行っています(表1参照)。RPDは,出産・育児による研究中断後に円滑に研究現場に復帰する環境を整備するために実施されている制度です。制度について説明することで,自然と家族の話をする機会が増えたように思います。
息子を妊娠したのは,非常勤の研究員として勤務していた時でした。当時は,嬉しく有り難いと感じると同時に,キャリアに関する不安も強く感じていました。以前通りに無茶なスケジュールで研究活動を行うことは難しくなり,状態によっては,国際学会のキャンセルや出張の制限,身体的負荷が高い研究活動の変更,求職活動や仕事の辞退など各種調整をする必要が出てきました。研究職が途切れると,採択された科研費の資格自体喪失するため,研究職を継続できる道を探していました。博士号を取得して業績を積みキャリアアップを目指す時期と,妊娠などのライフイベントについて考える時期が重なることで,子どもを願う気持ちがあったとしても困難な状況が生じやすいように思います。また,妊娠の過程や分娩の現場では今でも危険を伴うことが多くあります。ちなみに特別研究員には,出産・育児に関する制度に加えて,妊娠4 ヶ月以上の死産の場合にも,一定期間中断が認められています。
第一子出産後,助教として働き始めた時点で,保育園に入所した息子は,今春無事に卒園し,小学校に入学しました。今振り返ってみると,有り難い環境にもかかわらず,仕事も育児も家事も満足にできず,常に葛藤していたように思います。入所2,3年は,子どもが頻繁にウイルスや菌に感染し,病院巡りに夜間救急,看病や夜泣き対応で寝不足,預け先の調整や予定変更,残った仕事に家事育児,結局私も感染し,家族でダウンの繰り返しでした。子どもと離れがたい感情をコントロールすることも難しく,頭を切り替えるのが大変でした。永遠に終わらないんじゃないかと思うこともありましたが,子どもは成長とともに滅多に風邪をひかなくなり,元気すぎるくらい元気に過ごすようになりました。
早期に働き出したことで,良かったこともありました。夫と仕事と家庭の両立の大変さを共有できたことに加えて,祖父母や保育士,地域の方々など,共に子どもを育て見守る存在が増えたことも心強く感じていました。おかげで孤独で辛いという感情を抱くことはありませんでした。私の国際学会参加時に夫に子連れで同行してもらったこともありました。今回夫にインタビューしてみると,「実際にできること,できないことは状況によって変わるが,とにかく周りに伝えておくこと,理解してもらうことが大事」と言っていました。二人目の育児は,ある程度予測を立てることができるため,負担感はぐっと低くなりました。子どもの成長は早く,嬉しくもあり,寂しくもあります。平均寿命が延び,高齢期の就業率も延びている現代において,長いスパンでキャリアを考えてみると,中断や挫折も転機と捉えて進むことができるかもしれません。
最後に,コロナ禍で多数の問題が生じた一方で,急速にオンライン化が進んだことで,対面での参加が難しい学会への参加等の研究活動が促進された側面もありました。今回執筆するきっかけとなったのも,オンライン開催された第84回大会男女共同参画推進委員会企画シンポジウムへの参加でした。人生の先輩方の体験談は,私にとって大変励まされるものでした。あくまでも一つの事例ですが,私の経験が少しでも誰かの参考になれば幸いです。
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