- HOME
- 刊行物のご案内
- 心理学ワールド
- 97号 社会が変わる,社会を変える
- 集団間関係と多文化共生社会の実現
【特集】
集団間関係と多文化共生社会の実現
唐沢 穣(からさわ みのる)
Profile─唐沢 穣
京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学,カリフォルニア大学ロサンジェルズ校大学院博士課程修了(Ph.D.)。名古屋大学環境学研究科教授などを経て2017年4月より現職。専門は社会心理学。著書に『偏見や差別はなぜ起こる?:心理メカニズムの解明と現象の分析』(共編著,ちとせプレス),『責任と法意識の人間科学』(共編著,筑摩書房)など。アジア社会心理学会次期会長。
近年のさまざまな社会的変化の中でも,特にグローバル化の進行が,世界の経済,政治,文化に与えた影響の大きさは計り知れない。国境を超えた人・モノ・情報の流れは一部の社会層に恩恵をもたらした一方,「富める者と貧しい者」の格差を広げたとされる。それに伴って起こった大規模な人口の移動は,移民や難民への対処に関する意見や思想の対立を助長し,同じ国の中にさえ分断を作り出した。
こうした状況に至る過程を理解し,思想・信条や文化の異なる人々が,共生できる社会を築くための手がかりとして,心理学には何が提言できるであろうか。以下,近年の研究動向の中に,その可能性を探ることにする。
世界観の相違が生む分断
国境を超えた,人の往来が増えたことについては,多様性の観点からこれを歓迎する立場と,伝統的な「国のかたち」や国民の姿が変化することに抵抗する考え方とがあり,世界の各地で衝突を起こしている。移民や難民への対応をめぐる意見の相違は,さらに経済政策や環境政策のあり方に至るまで,幅広い分野にわたる思想・信条の対立と連動することが顕わになった。その影響力は,多くの国と地域で見られるポピュリズムの台頭や,世界を驚愕させたイギリスの欧州連合離脱(Brexit)の引き金になったと言われるほど,甚大なものであった。その根底には,共通した対立軸が横たわっている可能性が指摘される。それがイデオロギー,すなわち,望ましい政治体制や経済システムのあるべき姿と,理想的な社会を構築するための方策に関する信条や価値観で,「争点を束ねる軸」とも呼ばれるものの存在である。
イデオロギー対立の中でも,いわゆる保守とリベラルの間の関係が,特に深刻な影響をもたらしている。北米をはじめ西欧社会では,伝統的な価値観の尊重,自由競争と市場原理を旨とする保守主義と,個人の自由と平等の実現を優先し,そのための政府による介入をも認めるリベラル主義との対立が,激しさを増している。
保守主義は,変化への抵抗,および優劣の差を是認する態度との関連が比較的強く,リベラルがその逆を志向することを示す研究は多い[1]。一方,保守であれリベラルであれ,特定の集団に対して強い偏見を示すという点では共通することを示す結果もある[2]。それによると保守主義は,無神論者や性的少数者に対する偏見と関連しているが,それ以上に最も強い関連を示したのが,「リベラル」というカテゴリーへの偏見であった。逆にリベラル側では,富裕層やキリスト教信者への偏見もさることながら,それ以上に「保守」に対する偏見との関連が強かった。相手陣営に対する強い偏見が,分断をさらに深める要因となっていると考えられる。
分断を助長する情報環境
人間には一般に,互いに似通った考えを持つ者どうしで情報を共有し合い,異なる意見に耳を貸さなくなる傾向がある。特に,ソーシャル・ネットワーク・サービスなどを介してこれが進行すると,意見の異同に基づく,情報の断絶が生じることになる。「エコー・チェンバー」といった名称で知られる現象である[3]。
ではなぜ,どのような心理的過程が,こうした情報環境を作り出すのであろうか。筆者の研究室では,この過程の中でも特に,自分と類似した意見の持ち主に近づこうとする選択的接触(selective exposure)に焦点を当てた検証を進めている。選択的接触の原因としては,①自分自身の意見と,異なる意見の両方に接することによって生じる,「不協和音」の不快さを避けようとする過程と,②他者と異なる意見を持つことが示唆する対人的な葛藤を避ける過程の,二種類の過程が働くことがすでに明らかにされている[4]。そして日本社会では,われわれの研究結果が示す限り,後者の方がより明確な媒介効果を持つことが観察されている[5]。意見や主張の異なる陣営がそれぞれに,こうした選択的接触と情報の伝搬を繰り返すことで,分断した情報ネットワークが発達すると考えられる。
国民意識とイデオロギー
では,イデオロギーに関する日本の状況はどうであろうか。筆者らの研究グループでは,日本人の国民意識がもつイデオロギー的性質に着目している。日本が海外からどう見られているかという関心,また各個人と国家との関係はどうあるべきかという問いは,長年にわたって日本人の思想,価値観,政治的行動に大きな影響を与えてきた。また,異なる政治的陣営を批判する際に用いられる「反日」といったラベルづけも,国をめぐる意識がイデオロギー対立のもとになる可能性を暗示している。
そこで筆者らは以下の調査を行った[6]。分析の焦点は,欧米における「保守−リベラル」の対立軸に相当する種々の争点に関する,回答者の意見である。質問項目は,同性婚や「選択的夫婦別姓」などのジェンダー分野,外国人労働者の受け入れなどに関わる移民分野,さらに軍事分野や環境分野など多岐にわたるもので,賛否の回答を目的変数に位置づけた。
これらの争点が,どの程度まで保守・リベラルの違いを反映するものかを確かめるために,各個人のイデオロギー的立場を測り,予測変数とした。社会的・経済的・政治的の各分野における保守・リベラルの定義を明示した上で,自身がどこに位置するかについて評定を求めた。
さらに国民意識も予測変数に加えた。先行研究では,日本人の国民意識を構成する要素として,①「文化的ナショナリズム」(例:国歌・国旗への態度,文化遺産への愛着),②「優越的ナショナリズム」(例:日本人の優秀性への信念),③「愛国心」(例:日本を愛する程度),④「国際主義」(例:海外援助や門戸開放に関する態度)の4因子が特定されており,①は日本に特有な因子,②〜④は欧米諸国とも共通するものであることが確かめられている[7]。
重回帰分析の結果を模式化したのが図1である。国民意識のうち,文化的ナショナリズムがほとんどの分野における保守的態度に,また国際主義が全分野におけるリベラルな態度に,それぞれ寄与していた。他方,とかくそのイデオロギー的性質が語られる愛国心や優越的ナショナリズムは,いくつかの争点で保守的態度への寄与を示したものの,関連は限定的であった。
さらに興味深いことに,「保守かリベラルか」に関する自己評定よりも,むしろ国民意識の方が,イデオロギー的態度と強く関連していた。それどころか自己定義による保守性の中には,図中の赤色矢印が示すように,リベラル的とされる態度と相関している(逆に言うとリベラルな立場が保守的態度と相関する)場合すら散見された。つまり,移民や軍事だけでなくジェンダーなどの分野に関する態度でさえ,「どのくらい保守的かリベラルか」を問うよりも,「君が代」などの国家・文化的シンボルに関する意識を尋ねる方が,予測力が高いということである。この結果は,保守・リベラルの意味づけに関する,日本と欧米の差異の一端を示していると考えられる。それよりも国民意識のような信念体系の方が,日本人にとってのイデオロギー的争点についての立場を,より浮き彫りにする性質を持つ可能性が示されたのである。
異文化の接触がもたらす脅威と反発
国民意識のイデオロギー性は,同じ国民の間に意見の対立を生むだけでなく,当然ながら,異なる国や文化を背景にもつ人々に対する態度や行動にも影響する。
異なる種類の集団が流入すると,さまざまな意味で脅威の知覚が起こると考えられる。異質な人々が増えることで,従来の伝統や価値観が揺らぐといった象徴的な脅威は,その一例である。さらに単純な反応として,異なる文化が混じり合うこと(culture fusion)自体を,あたかも汚染であるかのように受け止め,嫌悪感情をもよおす場合もある[8]。日本文化を象徴する柔道の試合に,色つきの柔道着やポイント制が持ち込まれた当初の違和感や,「国技」とされる大相撲の土俵で目にするガッツポーズへの抵抗感にも,異なる文化が同居することへの反発が含まれていたのかもしれない。
筆者の研究室で行われた実験でも,日本人にとって神聖な意味をもつ神主の職に,外国人が就くといった事例を提示された参加者は,他の一般的な職業についた場合よりも強い嫌悪感情を表明した。さらにその影響は,移民に対する排斥的態度にまで及んだ(図2)[9]。加えて,これらの効果は,実験参加者がもつ国民意識によって調整されることも明らかになった。ここでも,国民意識のうち文化的ナショナリズムの傾向が強く,国際主義信念が弱い人ほど,「外国人神主」への嫌悪感が強く,移民への排斥的態度が強くなることが示された。
正義感の暴発
イデオロギーに基づく意見の対立や,移民・少数者に対する排斥傾向は,時に暴力的な言動を伴うなどの激しさを示すため,邪悪な人間性の発露と捉えられがちである。しかし,対立の渦中にある人々は,むしろ正義感に駆られて過激な言動に出ていると見受けられることが多い。イデオロギーが,善悪の判断と関連することは,道徳基盤理論(moral foundations theory)に基づく研究も示している[10]。イデオロギー対立や部外者の排斥が,道徳観を巻き込めば,それはいっそう熾烈なものになるであろう。
意見の異なる陣営を不道徳とみなした結果,何が起こるのかについて説明を試みたのが,道徳的確信(moral conviction)という概念である[11]。個人的な意見や好き嫌いと違って,道徳的な善悪の判断にはふつう,「普遍的価値として多くの人々が共有しているはず」という期待がある。このため,自身の信条が道徳的に正しいと信じ込めば,これに同意できない人々に対しては「なぜわからないのか!」という不当感が生まれる。善悪の「悪」を具現すると考えられる相手陣営なら,攻撃も正当化されると考えるかもしれない。しかも,道徳的価値は多くの場合,法や集団規範がもつ世俗的価値を超越すると考えられるため,自分の信念の実現は「法ですら止めることはできない」という考えまで生まれる。対立陣営の「害悪」に対する非難・攻撃がエスカレートするのは,こうした論法の積み重ねの結果と解釈できる。実際,アメリカ合衆国における大規模な世論調査の結果を分析してみると,共和党・民主党支持者の両方で,支持政党への好意度よりも,非支持政党を嫌う感情の方がまさるという,感情的分極化(affective polarization)の傾向が,過去20年ほどの間に急激に強まっているという[12]。
また,移民をはじめとする外集団の流入を,すでに述べたように伝統的価値に対する「文化的汚染」と解釈し,嫌悪感情を発する過程についても,道徳判断の影響が考えられる。道徳基盤理論の枠組みで言うと,それは神聖・純潔の道徳基盤に関わる違反にあたり,感情の中でも特に嫌悪が関与することも説明がつく。
まとめ
日本社会において多文化共生の必要が叫ばれるようになって久しい。意見の対立や文化的背景の相違を超えた,相互理解の促進のためには,イデオロギーや道徳観がもたらす影響に関する理解が重要であることを,最近の研究が示している。今後は,政治学や情報科学をはじめ他の分野を巻き込んだ,学際的な取り組みが進められていくと予想される。急速に発展するこの分野において筆者ら自身による貢献は,本稿でも言及したように,まだ端緒についたばかりである。以後,よりいっそうの進展を図りたい。
文献
- 1.Jost, J. T. (2006) The end of the end of ideology. Am. Psychol., 61, 651–670.
- 2.Brandt, M. J. (2017) Predicting ideological prejudice. Psychol. Sci., 28, 713–722.
- 3.笹原和俊(2018)『フェイクニュースを科学する:拡散するデマ,陰謀論,プロパガンダのしくみ』化学同人
- 4.Frimer, J. A., Skitka, L J., & Motyl, M. (2017) Liberals and conservatives are similarly motivated to avoid exposure to one another’s opinions. J. Exp. Soc. Psychol., 72, 1–12.
- 5.Kasahara, I., & Karasawa, M. (2021) Interpersonal selective exposure in Japan. The 44th Annual Convention of International Society of Political Psychology.
- 6.Karasawa, M., Tsukamoto, S., & Ryu, H. (2020) Can patriotism be distinguished from nationalism? The 21st Annual Convention of the Society for Personality and Social Psychology.
- 7.Karasawa, M. (2002) Patriotism, nationalism, and internationalism among Japanese citizens: An etic–emic approach. Pol. Psychol., 23, 645–666.
- 8.Cheon, B. K., Christopoulos, G. I., & Hong, Y.–y. (2016) Disgust associated with culture mixing: Why and who? J. Cross–Cult. Psychol., 47, 1268–1285.
- 9.Lemaire Portillo, P., & Karasawa, M. (2021) Exploring the aversive reactions to intrusive culture mixing in the context of acculturation. The 14th Biennial Conference of the Asian Association of Social Psychology.
- 10.Haidt, J. (2012) The righteous mind: Why good people are divided by politics and religion. Pantheon Books.
- 11.Skitka, L. J., Hanson, B. E., Morgan, G. S., & Wisneski, D. C. (2021) The psychology of moral conviction. Ann. Rev. Psychol., 72, 347–366.
- 12.Finkel, E. J., Bail, C. A., Cikara, M., Ditto, P. H., Iyengar, S., Klar, S. et al. (2020) Political sectarianism in America: A poisonous cocktail of othering, aversion, and moralization poses a threat to democracy. Science, 370, 533–536.
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
PDFをダウンロード
1