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【小特集】

複雑性PTSDに対するスキーマ療法

伊藤 絵美
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス 所長

伊藤 絵美(いとう えみ)

Profile─伊藤 絵美
千葉大学子どものこころの発達教育研究センター 特任教授を兼任。専門は臨床心理学,認知行動療法,ストレス心理学,スキーマ療法。博士(社会学)。単著に『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房),『自分でできるスキーマ療法ワークブック』(星和書店),『ケアする人も楽になるマインドフルネス&スキーマ療法』(医学書院)など。

スキーマ療法

スキーマ療法(ST)はヤングが境界性パーソナリティ障害(BPD)を対象に構築した,アタッチメント理論,ゲシュタルト療法,力動的アプローチなどを認知行動療法(CBT)に組み込んだ統合的な心理療法である。包括的な治療マニュアルが出版され[1],BPDに対するランダム化比較試験(RCT)を通じてエビデンスが示されたことによって[2],STへの注目が高まった。

理論モデル

STの理論モデルは「早期不適応的スキーマ(Early Maladaptive Schema:EMS)」であり,「中核的感情欲求」という概念に基づく。これは養育者に対する子どもの欲求で,「愛されたい」「守ってほしい」「尊重されたい」といったものである。これらの欲求は,虐待的な家庭環境で育った子どもや,学校でいじめられ誰にも助けてもらえなかった子どもには満たされず,結果EMSが形成される。

ヤングは18のEMSを定式化した。具体的には,①情緒的剥奪,②見捨てられ/不安定,③不信/虐待,④欠陥/恥,⑤社会的孤立/疎外,⑥依存/無能,⑦損害と疾病に対する脆弱性,⑧失敗,⑨巻き込まれ,⑩服従,⑪自己犠牲,⑫評価と承認の希求,⑬否定/悲観,⑭感情抑制,⑮厳密な基準/過度の批判,⑯罰,⑰権利要求/尊大,⑱自制と自律の欠如,である。BPDでは,これら18のスキーマがより多く強く形成され,その結果多大な生きづらさを抱えたり,健全な対人関係を築けなかったりする。STでは,EMSについてその成り立ちも含めて十分に理解した上で,それらを軽減し,より適応的なスキーマを再形成することを目指す。

その時々の状況や対人関係によって活性化されるスキーマは異なる。EMSを多く有するほど,その時々に活性化されるスキーマが異なるので,それに応じて生じる思考や感情や行動が異なってくる。またその人が自らのEMSにどう対処するかによって,その時々に生じる思考や感情や行動が異なる。このような「活性化されたスキーマ」とそれへの対処の掛け合わせにより,その人の「今・ここ」での状態は様々である。STではそれを「スキーマモード」と呼び,EMSと並ぶもう一つの理論モデルとして重視している。

スキーマモードは,①「チャイルドモード」,②「不適応的コーピングモード」,③「非機能的ペアレントモード」,④「ヘルシーアダルトモード(HAM)」の4つに分類される。この理論モデルによれば,健全な人は,HAMが「健全な自我」として機能し,他の諸モードを司令塔的に統括できる。一方でBPDや複雑性PTSDや解離性同一性障害(DID)では,HAMが機能せず,様々なモード(特に非機能的なモード)に乗っ取られやすく,かつ各モードが統合されていない。そのため,状況よって様々な強烈な感情を示したり,極端な行動を取ったり,あるときは解離したりする。

スキーマ療法の進め方

STは前半が「ケースフォーミュレーション」,後半が「諸技法を用いた介入」である。前半では,過去体験を振り返り,自らの生きづらさを「スキーマ」「モード」という概念で理解する。後半では,認知的・体験的・行動的諸技法を駆使して,不適応的なスキーマやモードを手放し,適応的で健全なスキーマやモードを手に入れていく。

ファレルら[3]は,BPDによくみられるスキーマとモードとそれらに関連する諸要因を図式化した(図1)。このような図式をクライアントに提示すること自体が,トラウマインフォームドケアとして治療的に機能する。

図1 境界性パーソナリティ障害の病理モデル
図1 境界性パーソナリティ障害の病理モデル

複雑性PTSDに対するスキーマ療法の適応可能性

BPDに対するSTは複数のRCTで効果が示されており,エビデンスレベルは比較的高い。複雑性PTSDではどうか? 現時点でトラウマに対するSTの研究は少ない。単発性PTSDに関しては,EMSの有無や強度とPTSDの発症に相関がみられること,そしてPTSDに対してSTがCBTに比べて有意に治療効果が高いことが示されている[4]。複雑性PTSDに対するSTは現時点で結果が公表されているのは一つで[5],脱落率が低く,精神症状の有意な改善のみならず,感情状態やQOLがポジティブに変化した,といった結果は,これまでのBPDへのSTの研究結果と一致する。これらの研究を踏まえると,複雑性PTSDへのSTの効果については期待が持てるものの,RCTを含むさらなる臨床研究が必要である。

理論的にはどうか? ハーマン[6]は,複雑性PTSDと診断されるはずの人の多くが,BPDとレッテル貼りされてきたと論じている。近年の疫学研究から,複雑性PTSDは単発性のそれに比べ重症であること,そしていわゆる「自己組織化領域」における3つの問題(感情調節障害,ネガティブな自己概念,対人関係上の問題)に特徴づけられることが見出されているが,これらの問題はBPDでも必ずみられるものであり,ここからも複雑性PTSDとBPDの病態が大きく重なり合うものと考えられる。STのモードモデルでは,BPDや複雑性PTSDやDIDは,スキーマに対する回避的コーピングスタイルに基づく「遮断・防衛モード」のスペクトラム上に位置づけられ,BPD→複雑性PTSD→DIDの順に,このモードがより強固になっていくと想定し,BPD,複雑性PTSD,DIDを一続きの病態とみなしている。これらを総合すると,BPDに効果のあるSTは,複雑性PTSDにも奏効する可能性が高いと言える。

そもそも「子ども時代の傷つき体験によってEMSが形成され,それが現在の生きづらさにつながる」というSTの病理モデルそれ自体が,複雑性PTSDのそれとほぼ重なる。しかも,複雑性PTSDに対して提唱されている統合的な治療アプローチ(安全の確保,治療関係の重要性,トラウマを語ることとトラウマ処理,解離へのアプローチ,多様な症状に合わせた経時的で多様なアプローチ,エンパワメント,新たな対人関係の形成など)は,ほぼその全てが統合的なアプローチであるSTに含まれている。となると,複雑性PTSDに対してSTを適応することにはむしろ必然性があると言えるのではなかろうか。そのためにも,今後は複雑性PTSDに特化したSTのエビデンスの積み重ねが不可欠であろう。

文献

  • 1.Young, J. E., Klosko, J. S., & Weishaar, M. E. (2003) Schema therapy: A practitioner’s guide. New York: Guilford Press.(伊藤絵美監訳 (2008).『スキーマ療法:パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ』金剛出版)
  • 2.Giesen-Bloo, J., van Dyck, R., Spinhoven, P. et al. (2006) Outpatient psychotherapy for borderline personality disorders: Randomized trial of schema-focused therapy vs transference-focused psychotherapy. Archives of General Psychiatry, 63, 649-658.
  • 3.Farrell, J. M., & Shaw, I. A. (2012) Group schema therapy for borderline personality disorder. New Jersey: Wiley-Blackwell.(伊藤絵美監訳 (2016).『グループスキーマ療法』金剛出版)
  • 4.Cockram, D. M., Drummond, P. D., & Lee, C. W. (2010) Role and treatment of early maladaptive schemas in Vietnam veterans with PTSD. Clinical Psychology & Psychotherapy, 17, 165-182.
  • 5.Younan, R., Farrell, J., & May, T. (2018) Teaching me to parent myself’: The feasibility of an in-patient group schema therapy program for complex trauma. Behavioural & Cognitive Psychotherapy, 46, 463-478.
  • 6.Herman, J. L. (1992) Trauma and recovery. New York: Basic Books.(中井久夫訳 (1999) 『心的外傷と回復〈増補版〉』みすず書房)
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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