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野球に“流れ”は存在するのか?

榊原 良太
鹿児島大学法文学部 准教授

榊原 良太(さかきばら りょうた)

Profile─榊原 良太
専門は感情心理学。博士(教育学)。著書に『感情のコントロールと心の健康』(単著,晃洋出版),『感情心理学ハンドブック』『感情制御ハンドブック:基礎から応用そして実践へ』(ともに編著,北大路書房)など。

新連載の一発目に「このテーマで大丈夫か!?」と不安を感じていますが,楽しく読んでいただけると嬉しいです(ちなみに30年来の巨人ファンです)。

「野球は流れのスポーツ」と言われることがありますが,野球に限らず,スポーツ経験者であれば一度は “流れ”の存在を感じたことがあるのではないでしょうか。しかし,“流れ”は目に見えるものでも,直接その大きさや強さをはかることができるものでもありません。また,たとえ“流れ”のようなものを感じたとしても,それが本当に試合の展開や結果に影響しているのかは定かではなく,ただの気のせいだという可能性もあります。果たして,本当に“流れ”なんてものは存在するのでしょうか?

ホットハンドと野球の“流れ”

“流れ”と聞いて,ホットハンド(hot hand)を連想した読者も多いと思います。元々はバスケットボールにおいて,特定の選手がシュートを連続して成功させたとき,通常よりもシュートが成功しやすい(いわゆる「落とす気がしねえ」[1])状態を表現した言葉です。選手やファンに信じられてきた現象でしたが,その存在に疑問を持ったトーマス・ギロビッチらによって,実際の試合のデータを用いた検証が行われました[2]。結果はご存知の通り,「シュートが成功すると,その次のシュートも成功しやすくなる」という証拠は得られず,ホットハンドは,偶然続いたシュートの成功に意味を見出してしまう,人間の認知的な錯誤の産物であると結論づけられました(ただし近年,従来の分析の問題を指摘した論文[3]をきっかけに,ホットハンド研究は再び盛り上がりを見せています)。

ホットハンドという現象は,いわば「成功は成功を生む」という表現に一般化できます。日本における野球の“流れ”は,例えば「ピンチをしのぐと流れが良くなる」「四球やエラーは流れを悪くする」のように言及され,こちらも「成功(失敗)は成功(失敗)を生む」と言い換えられそうです。ただし,ホットハンドと“流れ”は,必ずしも同じ現象とは見なせないでしょう。なぜなら,ホットハンドは一般的に特定の選手の連続した成功において使われますが,“流れ”は特定の選手に限らず,試合の中でのある成功(失敗)が次の成功(失敗)を生み出すという意味で使われるためです。そして,この意味での“流れ”は,あまり多くは研究されていません。

そうした中,野球における“流れ”の存在をいち早く検証したのが『野球人の錯覚』[4]という本です。この本は,野球界に存在する様々な通説や俗説が本当に正しいのかを,実際のデータを使用して検証しています。その中で最初に取り上げられているのが“流れ”の存在でした。

“流れ”にまつわる様々な問いが検証される中,私が一番興味を持ったのは「先頭打者に四球を出すと試合の流れは悪くなるか?」という問いでした。かの野村克也氏も「先頭打者への四球はヒットよりも失点につながりやすい」と言っていましたが,実際にはどうなのでしょう?

先頭打者への四球は流れを悪くする?

『野球人の錯覚』では2005年のプロ野球のデータを使用していましたが,ここでは私が独自に集めた夏の甲子園10年分(2009~2018年)のデータをご紹介します。イニングの先頭打者がヒットもしくは四球で出塁した全ケースにおいて,失点した割合と平均失点をそれぞれ算出しました。結果は表1の通り,ヒットと四球の間で失点した割合,平均失点ともにほとんど違いはありませんでした(統計的にも有意ではありません)。もし通説が正しければ,四球によって守備側の“流れ”が悪くなるため,失点した割合,平均失点ともにヒットよりも高くなっているはずです。しかし,実際にはヒットと四球で違いは見られなかったことから,「先頭打者への四球は流れを悪くする」という通説は必ずしも正しくないことが示されました。

表1 先頭打者へのヒット,四球による失点の違い
表1 先頭打者へのヒット,四球による失点の違い

ピンチをしのぐと流れが良くなる?

しかし「先頭打者の出塁がヒットか四球かなんて些細な話で,もっと重要な局面では流れの存在が確認されるはずだ!」という声もあるでしょう。そこで,もっと重要な局面として,野球における最大のピンチである無死満塁に注目してみます。「守備から流れを作る」とよく言われることから,もし“流れ”が存在するなら,無死満塁での失点が少ないほど “流れ”が良くなり,次の回の攻撃は得点しやすくなるはずです。

2021年のプロ野球における,全132回の無死満塁場面のデータを用いた検証の結果を表2に示します。得点した割合,平均得点ともに,無死満塁での失点間で統計的に有意な違いは見られませんでした。これはサンプルサイズの小ささによるところもあるでしょう(1年分収集するのが限界でした…)。一方,数値そのものに注目すると,無死満塁を無失点でしのいだケースでは,得点した割合,平均得点ともに高い傾向が見られます(ちなみに,プロ野球における1イニングあたりの得点確率は25%程度[5]です)。1点でしのいだ場合も,次の回の攻撃は比較的良好です。ただ,やはりサンプルサイズが小さく,この結果から言えることには限界があるので,「ピンチをしのぐと流れが良くなる」については,ひとまず保留といったところでしょうか。

表2 無死満塁での失点による次の回の得点の違い
表2 無死満塁での失点による次の回の得点の違い

流れ研究はまだまだこれから!

これらの研究や他の知見を踏まえると,野球の“流れ”の存在は,今のところ十分実証されるまでには至っていないと言えるでしょう。ただし,そもそも研究自体が少なく,また“流れ”の定義や分析の方法も十分には確立されていないことから,むしろ「まだまだこれから!」と言うべきかもしれません。今後の“流れ”研究に乞うご期待!(ぜひ一緒に研究しましょう!)

文献

  • 1.井上雄彦 (1995) 『SLAM DUNK(26)』集英社
  • 2.T・ギロビッチ/守一雄・守秀子(訳)「ランダムな事象の誤認知」『人間この信じやすきもの』新曜社(pp.16-22)
  • 3.Miller, J. B., & Sanjurjo, A. (2018) Surprised by the hot hand fallacy? A truth in the law of small numbers. Econometrica, 86, 2019-2047.
  • 4.加藤英明・山崎尚志 (2008) 『野球人の錯覚』東洋経済新報社
  • 5.蛭川皓平・岡田友輔 (2019) 『セイバーメトリクス入門:脱常識で野球を科学する』水曜社
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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