公益社団法人 日本心理学会

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巻頭言

研究の視野を広げよう

同志社大学 名誉教授
鈴木直人(すずき なおと)

20年近く前,本務校の大学院生の学会入会状況を調べたとき,日本心理学会の入会者が3割以下であることを知って驚いた。日本心理学会は,1927年に発足し,2011年からは心理学関連で唯一の公益社団法人となった。会員数は約8000名(2021年11月時点)の,大学や研究所に籍をおく研究者,大学院生が多数を占める学会である。ここ20年間,多くの大学に心理学関連の学部や学科,そして企業には研究所が開設され,心理学を専門とする研究者が増えているにもかかわらず会員数はあまり増加していない。

現代の心理学は専門化が進み,またこれとともに脳科学,工学などをはじめとする多くの学問領域が心理学研究に参入してきた。このため多くの専門学会が設立され,大学院生や若い研究者たちは自分の専門領域の単科学会に入会をするだけで,日本心理学会のような総合学会に入会をしない傾向が強くなってきた。この現象は心理学全体にとってだけでなく,それぞれの専門領域にとっても由々しき事態であると思わざるを得ない。

日本心理学会の年次大会はきわめて多くの発表が行われ,すべてを聞くことは不可能である。いきおい自分に関係した分野の人たちとの交流に限られてしまう。その方が手っ取り早く必要とする情報を得られるであろう。しかし,同じ領域の研究者たちとばかり情報交換をしているとエコーチェンバーに陥ることがあるのではないだろうか。いうまでもなく研究をするにあたって同じ領域を専門とする研究者の意見は貴重である。しかし,他領域の研究者からの意見やコメントが,自分の研究に幅と深みを与えてくれることはまれではない。また他領域の研究方法などは少し変更することで自分の研究に生かすことができることもある。

日本心理学会のような総合学会では,自分の専門と少し離れた研究発表を聞く機会を増やしてみるというのもよい利用の仕方ではないだろうか。太宰治の『正義と微笑』に「学問なんて覚えると同時に忘れてしまってもいい(中略)その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ」という一節がある。他領域の話は,今すぐに役立つ知識や技法でなくても,将来の研究の資源となりうる知識,情報を得ることができるだけでなく,研究の方向へのヒントを示してくれることがある。視野を広く持ち,自分の専門分野に限らず他領域にも目を向け,自分たちの知識も他領域に提供していかなくては心理学の未来はないと私は思う。

鈴木直人

Profile─鈴木直人
1967年,同志社大学文学部文化学科心理学専攻卒業,1974年,同志社大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程中退。京都府立医科大学第2生理学教室助手・専任講師を経て1984年,同志社大学文学部専任講師。1991年より教授,2009年より心理学部教授,2019年,名誉教授。医学博士(京都府立医科大学)。専門は感情心理学,精神生理学。著書に『感情心理学への招待』(共著,サイエンス社),『感情心理学』(編著,朝倉書店),『心理学概論』(共監修,ナカニシヤ出版),『生理心理学と精神生理学』(共編著,北大路書房),『心理調査の基礎』(共編著,有斐閣)など。

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