公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 98号 「正しさ」を考える
  5. 質感と感性コミュニケーションに大事な温度感覚

【小特集】

質感と感性コミュニケーションに大事な温度感覚

何 昕霓
九州大学芸術工学研究院 准教授

何 昕霓(ほう しんにぃ)

Profile─何 昕霓
米国マサチューセッツ工科大学機械工学研究科博士課程修了。博士(PhD)。専門は触覚情報学。NTTコミュニケーション科学基礎研究所主任研究員を経て2021より現職。著書に『触覚認識メカニズムと応用技術(増補版)』(分担執筆,S&T出版)など。

はじめに

温度感覚は皮膚感覚の一つであり,温覚受容体と冷覚受容体によって検出され,それぞれ温覚と冷覚が誘発される。この検出の仕組みに対して,2021年にノーベル賞が贈られた。これは生理学的成果に対するものであるが,温度感覚は,心理学的側面からも工学的側面からも,非常に興味深い対象である。本稿では,温度感覚から得られる温度情報と心的機能との関わり,その工学的応用可能性や社会的重要性,温度情報提示技術のための基礎と応用研究について簡単に紹介する。

温度情報と心的機能

温度感覚は気温や物体の熱の状態の把握や,体温の恒常性の保持に利用されるだけでなく,触覚と密接に連携することで,質感や感性,情動といった一見温度と関係のなさそうな心理的機能にも利用される。モノを触る際には物体の冷たさや温かさが感じられる。この冷たさや温かさは,モノの材質の情報を知る重要な手がかりとなる。例えば,同じ温度の金属と木材に触ったとき,金属の方がより冷たく感じる。これは本来材質の物性の違いから生じるものである。実際にヒトは温度感覚から得られる温度情報を材質認識に利用していることが示されている[1]

さらに,温度感覚は情動や感性といったより高次な心理機能にも関わっている。例えば,春の日差しや,子どもを抱っこしたときなどの物理的な暖かさから,私たちは「ぬくもり」のような心理的な暖かさを感じることができる。また,私たちは,「氷のような眼差し」や「温かい挨拶」といったように,しばしば物理的および心理的温度を日常の言語や生活と結びつけることがある。こういった結びつけは単なる比喩表現に止まらない。近年,温かいものに触れたとき,肯定的な感情が誘発され,向社会的行動が促進されることが実験的に示されている[2]

温度情報の工学応用

温度情報と幅広い心的機能との関係は,温度感覚の工学的な応用可能性の高さを期待させる。例えば,温度情報をうまく使えば,より高いリアリティと質感をもった情報の提供が可能になる。加えて,電話やビテオチャットといった従来の情報伝達技術に温度情報を加えることで,感情をより豊かに伝えることができる可能性がある。さらに,もしかすると,温度感覚からぬくもりを再現することができるかもしれない。

実際,バーチャルリアリティなどの情報提示技術分野において温度感覚を利用した情報提示が近年注目を集めており,ペルチェ素子による接触提示だけでなく,メントールやカプサイシンといった化学物質による提示や,熱放射・超音波による非接触型の提示も開発されている。

温度情報提示技術の重要性

温度感覚を利用した温度情報提示技術は現代社会において重要な課題を解決する技術の一つでもある。長期間人と接触ができない状況に人が陥ったとき,皮膚接触渇望(skin hunger)が生じる恐れがある。皮膚接触渇望はうつ病,免疫系の弱体化など,健康への悪影響につながることが指摘されている[3]。COVID–19の拡散防止のための社会的距離対策により,これまでのような社会的接触ができなくなり,皮膚接触渇望を引き起こしている可能性がある。そこで,筆者らはTwitter上の大規模データを用いて,日本人がどの程度皮膚接触渇望の状態にあるのかを調べた。その結果,COVID–19発生後に人や動物への接触を求めるTwitter上の発言が劇的に増加していることがわかった[4]。これは,日本人が皮膚接触渇望の傾向を示していることを示している。

温度情報提示技術は,この皮膚接触渇望の軽減に貢献できると期待される。例えば,通信技術と合わせれば,ふれあいやぬくもりといった相手との皮膚接触に伴う体験が離れていても共有できるようになる可能性がある。

温度情報提示技術のための基礎研究

温度情報提示技術やそれを使った体験デザインの要件を明確にするためには,温度感覚に関わる基礎研究が不可欠である。温度情報の提示技術にとっては,特に温度感覚の時空間特性や,温度感覚と触覚の相互作用の理解が重要である。というのも,温度情報の提示は基本的に触覚と温度感覚を組み合わせて行われ,触覚と温度感覚はそれぞれの時空間特性が大きく異なるためである。

温度感覚は空間精度が低く,空間加重の特性が強く働く。そのため,温度刺激の位置判断は曖昧となる。しかし,そのような曖昧性に日常生活で気づくことは少ない。より空間精度の高い触覚が温度感覚の定位を補助するためである。また,刺激の定位だけではなく,知覚される温度も触覚の影響を受ける。例えば,指で物体に触るとき,それぞれの指に与える温度の組み合わせによって,温かいものに触れていない指まで温かく感じたりすることがある[5]。この現象はThermal referralと呼ばれる。このような温度感覚の空間特性は,温度情報提示による体験デザインに応用できる。

温度感覚の時間特性も,温度情報提示技術に重要である。例えば,温度感覚の処理時間は触覚より長く,温度感覚のうち温覚と冷覚では,処理時間や時間的な変化検出特性が異なる。冷覚は温覚に比べ,刺激に対する反応が速く,温度の変化に敏感である。この違いは,動的に変化する温度刺激に対する温度知覚に顕著に現れる。例えば,時間的に正弦波状に変化する温度刺激で,温感が最大となるのは,物理温度が最高となる直後で,冷感が最大となるのは物理温度が下がっている途中である[6]。つまり,物理的な変化は温覚刺激と冷覚刺激で同じであっても,知覚される温度の時間変化は異なるのである。この知見から,温度情報提示技術を用いた体験デザインには,温覚と冷覚の知覚タイミングが必ずしも一致しないことを考慮する必要があることがわかる。

温度情報提示技術のための応用研究

温度情報提示技術や体験デザインのためのより応用的な側面の強い研究について,筆者がこれまでに行ってきた研究を紹介する。筆者は二つの方向で温度感覚の情報提示技術の開発を目指している。温度情報を利用した質感の再現と,温度感覚を利用した感性コミュニケーションである。

温度感覚における材質認識には物理的,知覚的および認知的プロセスが関わっている。ここでの物理的プロセスとは,皮膚と物体の間の熱交換が皮膚温度変化を生じさせることをいう。変化の程度は物体の材質に依存する。知覚的プロセスとは,皮膚温度変化が温度受容器を活性化させ,その感覚信号が温度手がかりとして材質の比較弁別などの手がかりとなる過程をいう。認知的プロセスとは,温度手がかりに基づいて接触物体をある材質カテゴリーに分類し材質を特定するようなより高次な過程をいう。筆者は,物体接触時の皮膚の熱応答を解析し,物体と接触する際の皮膚温度変化をモデリングすることで,実際の物体の材質を識別するときに知覚されるのと同様の温度手がかりを提示することができる温度提示技術の開発をこれまで行ってきた。

温度感覚を利用した感性コミュニケーション技術とは,暖かさやぬくもりを,温度情報提示技術によって伝える技術である。この技術の開発には,物理的あるいは知覚的な温かさと感性や情動がどのような関係にあるのかを明らかにすることが必要である。筆者は,言語や知覚的な温かさと,ポジティブな感情/冷たさとネガティブな感情に関連性があることを見出した。さらに,温かい・冷たいという温度感覚を体験することで,温度や情動を表す言葉(例えば,夏,愛など)の意味を理解するのに必要な時間が短縮されることを発見した[7]。このような温度感覚と感性や情動についての基礎的知見は,感性コミュニケーション技術の下支えとなる。

おわりに

以上本稿では,心理学や工学的側面からの温度感覚研究の重要性を紹介した。今後本稿を読まれた皆さんが温度感覚研究に参入され,温度感覚研究が盛り上がるきっかけになれば幸いである。

文献

  • 1.Ho, H.–N. (2018) Temperature, 5, 36–55.
  • 2.Williams, L. E., & Bargh, J. A. (2008) Science, 322, 606–607.
  • 3.Durkin, J., Jackson, D., & Usher, K. J. (2021) Clin. Nurs., 30.
  • 4.Ujitoko, Y., Yokosaka, T., Ban, Y., & Ho, H.–N. (2021) PsyArXiv. https://psyarxiv.com/8nqmc/
  • 5.Ho, H.–N., Watanabe, J., Ando, H., & Kashino, M. (2011) J. NeuroSci., 31, 208–213.
  • 6.Ho, H.–N. et al. (2017) IEEE Trans. Haptics, 10, 84–93.
  • 7.Zhou, Y., Ho, H.–N., & Watanabe, J. (2017) Front. Psychol., 8, 2113.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

PDFをダウンロード

1