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【小特集】

ロボットによる触れ合いの外在化に向けて

塩見 昌裕
株式会社 国際電気通信基礎技術研究所 室長

塩見 昌裕(しおみ まさひろ)

Profile─塩見 昌裕
2007年,大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。ATRインタラクション科学研究所,エージェントインタラクションデザイン研究室 室長としてコミュニケーションロボットの研究に従事。

はじめに

ロボットが日常生活で人々に利用されつつある中で,ロボットは人の常識に合わせて振る舞うことが求められます。ヒューマン・ロボット・インタラクション(Human–Robot Interaction, HRI)は,人とロボットの関わり合いに着目した研究分野です。例えば,違和感や不安を与えずに人へ近づく手法や,対人距離を調整しつつ自然なタイミングで挨拶や対話を行うように振る舞いを制御する手法,人が理解しやすいように情報提供や道案内を行う対話手法が研究されています[1]。人であればほぼ無意識に行える常識的な振る舞いも,ロボットにとってはまだまだ難しい技術です。

コロナ禍におけるHRIの研究テーマにおいて,ロボットとの触れ合いが着目されています。他者との触れ合いが物理的にも社会的にも制限される現状において,人同士の触れ合いが欠如しつつあるためです。物理的身体を持つロボットは,その欠如を多少なりとも埋められる存在となり得るのでしょうか? 人とロボットの触れ合いにおける常識的な振る舞いとは,どのようなものでしょうか?

触れ合いの外在化

筆者は上記の問いに答えるべく,「触れ合いの外在化」という観点で研究を進めています。人は,道具を通じて身体機能を外在化しています。他者との関わり合いに必要な社会性機能さえも,SNSなどを通じて外在化が進んでいます。外在化された機能は技術によって編集され,人の能力を向上させます。例えば見たり調べたりする機能は,カメラや検索アプリによって飛躍的に向上しました。筆者は,ロボットを通じて触れ合いにおける常識的な振る舞いを再現し,客観的に観察・編集可能にすることで,触れ合いの外在化を目指しています。

そのためには,人同士の触れ合いに関する常識的な振る舞いを,ロボットが再現できるように計算論的に記述することが重要です。本稿では,触れ合いの外在化に向けた取り組みの一部,①触れる前インタラクション,②人を抱きしめるロボット,を紹介します。

触れる前インタラクション

コロナ禍で,ソーシャルディスタンスという言葉が有名になりました。人同士の距離を対象とした研究では,エドワード・ホールの対人距離が有名です[2]。ロボットにとっても,人と対話する際の距離を考慮した位置取り,いわば話す前インタラクションが重要です。

筆者は,話す前ではなく触れる前の状況に着目し,対人距離ならぬ対接触前距離の研究を進めました。まず,他人が自分の顔に触れようと手を伸ばしてきた際に,どこまで許容できるかを計測しました。その結果,許容できる基準が約20cmとなりました。その知見をHRIに活用するため,人がロボットに触れようとする際,どの程度の距離で反応するべきかを,①触れられたとき,②人から計測した20cm,③密接距離として定義される45cm,で比較しました。その結果,20cmで反応するロボットが最も好意的に評価されました(図1)[3]。顔周りに加えて,他人から触れられやすい上半身の部位(肩,肘,手の甲)でも計測を行い,ロボットにその知見を活用する取り組みも進んでいます[4]

図1 ロボットが反応する様子
図1 ロボットが反応する様子

対接触前距離は,対人距離と同様に相手との関係で変化すると考えられます。その違いを検証するうえで,これらの取り組みが一つの基準になると期待しています。例えばロボットが人に触れる際に,視線などで事前に意図表出を行う基準の距離として,この知見が活用できるのではと考えます。

人を抱きしめるロボット

親しい相手との抱擁は,身体的にも精神的にも良い効果をもたらします。では,ロボットとの抱擁は人に何をもたらすのでしょうか?この問いに答えるべく,ぬいぐるみ型ロボットの研究を進めています。ふわふわでモフモフとした生地で出来ているので,Moffuly(モフリー)と名づけました(図2)。抱きしめるより抱きしめられたい人も多いのではと考え,人より大きなサイズにしました。

図2 Moffulyによる抱擁例
図2 Moffulyによる抱擁例

これまでの研究で,Moffulyが能動的に人を抱きしめる(抱き返す)ことで,ロボットと対話する時間や自己開示の度合いが有意に増加することが明らかになっています[5]。機構的な改良を進めることで,親が子どもを抱きしめるときのように,頭を撫でながら抱きしめる動作も可能になってきました[6]。今後,Moffulyを保育施設で活用し,ロボットと抱擁などの触れ合いを伴うインタラクションが子どもたちにどのような影響をもたらすかを検証する予定です。また,Moffulyを操作して親しい相手と遠隔で抱擁するなど,抱擁を部分的に外在化することで操作者や利用者にどのような影響をもたらしうるかについても,今後検討を進める予定です。

おわりに

本稿では,「触れ合いの外在化」という観点から,触れ合いにおける常識的な振る舞いをロボットが再現して活用する取り組みの一部を紹介しました。これまでの研究成果は,特にロボットから人への能動的な触れ合いが,人に様々な良い効果をもたらすことを示しています。人同士の間で欠如しつつある触れ合いを,ロボットとの触れ合いによって多少なりとも補完できる可能性を示唆しているのではないでしょうか。

その一方で,ロボットが人に触れることで生じる,悪影響や倫理的問題を考慮する必要も明らかになってきました。例えばロボットが人に触れることで行動変容を促す知見は,倫理的に望ましくない行動を引き起こすためにも活用できてしまいます。触れ合いはハラスメントとも関わり合いが深いため,触れる部位や触れ方によって不快感を与える場合も考慮する必要があります。

ロボットを通じて触れ合いを外在化する取り組みは,HRIにおける触れ合いの利活用方法を模索する工学的な観点の研究に留まりません。筆者は,人の根源的なインタラクションである触れ合いを,心理学的・倫理学的観点から科学することにつながると期待しています。触れ合いはどのように外在化されうるか,外在化された触れ合いが人の営みにどのような影響をもたらすのか,そのような観点を持つ新しい文理融合型研究が花開くことを期待します。

文献

  • 1.Bartneck, C., Belpaeme, T., Eyssel, F., Kanda, T., Keijsers, M., & Sabanovic, S. (2020) Human–robot interaction : An introduction. Cambridge University Press.
  • 2.Hall, E. T. (1966) The hidden dimension. Anchor Books.
  • 3.Shiomi, M., Shatani, K., Minato, T., & Ishiguro, H. (2018) How should a robot react before people's touch?: Modeling a pre–touch reaction distance for a robot's face. IEEE Robotics and Automation Letters, 3, 3773–3780.
  • 4.Mejía, D. A. C., Sumioka, H., Ishiguro H., & Shiomi M. (2021) Modeling a pre–touch reaction distance around socially touchable upper body parts of a robot. Applied Sciences, 11, 7307.
  • 5.Shiomi, M., Nakata, A., Kanbara, M., & Hagita, N. (2021) Robot reciprocation of hugs increases both interacting times and self–disclosures. International Journal of Social Robotics, 13, 353–361.
  • 6.大西裕也・住岡英信・塩見昌裕 (2022) 「ユーザの状況に適した抱擁時の撫で・叩き動作の探索」『インタラクション2022』325–328.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はありません。

謝辞

  • 本研究は,JST CREST JPMJCR18A1の支援を受けたものです。

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