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裏から読んでも心理学

5%と10%の間で

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

忘れることの多い生涯を送ってきました。暗記科目が苦手すぎて,うろ覚えの英単語の意味を行間から推し量る技を磨き続けていたら,人様の文章の裏ばかり読む人間が育ってしまっての本連載。今でも英作文に文例検索サイトの助けが欠かせません。中でも最近見つけたHankins(2013)が熱い。p値が微妙に5%を上回って有意宣言できないときに使えるフレーズがずらりと。感涙にむせぶとはこのことか。

どんなところにもおかしなことを考える人がいるもので,ここに載ってるフレーズって,実際どれくらい使われているんだろう? 人気ランキング作ってみたいよね? と調べ始めました(Otte et al., 2022)。ターゲットは1990年から2020年までの30年間に発表された,ランダム化比較試験(RCT)による医学論文。経験者は分かると思いますが,RCTってメチャクチャ手間かかって大変ですからね。ちょっと有意に足りないからって,そうそう簡単に論文化を諦めるわけにはいきません。他方で「オモロイ有意な結果でないと載せないぜ」という雑誌からの圧もあるわけで,敵の査読攻撃をクルクルと躱す技が求められます。そんな悩める研究者たちに人気だったフレーズは?

言うは易しというのでしょうか。調査対象の論文はなんと約57万本。まずはそのPDFからテキストを抽出しなければなりません。これかなり面倒な作業だったはずなのに「普通に手に入るソフトウェア(Grobid, v.0.6.2)でやったよ」としか書いてない。ことさら食材の産地を主張したりせず,サラッと極上の一皿を提供するシェフ味があって,痺れます。

テキスト情報が手に入ったら,後はひたすら対象の505のフレーズが各論文に含まれているか検索しまくりです。果たして,約5万本の論文で,のべ約6万回,件のフレーズたちが使われていたことが判明しました。

人気ランキングの結果は? かつての個人的推しフレーズの “approached significance” はランク外でした。残念。1位は予想通り“marginally significant” (7,735件)。わずかに及ばずの2位が “all but significant” (7,015件)。なかなか強気な表現ですね。3位の “a nonsignificant trend” は3,442件でしたから,上位二つの人気が圧倒的だったと言えるでしょう。なお,4位は “failed to reach statistical significance” (2,578件)でした。また,“all but significant” から100語以内にあったp値の半数以上は5%未満だったことも報告されています。全ての報告が盛っていたのでないことは,研究者たちの名誉のために書き添えましょうか。

それにしても,日本語だと「有意傾向」くらいしか自分は思いつかないのですが,英語は多彩ですね。publish or perishの文化的淘汰圧の産物なのか。淘汰といえば30年間の浮き沈みも紹介されていて,全体2位の “all but significant” は,実は近年,人気が下がり気味。他方で “an increasing trend” と “a positive trend”が上昇傾向だったのは,なかなかシャレが効いています。

返す返すも残念なのが,これが医学者による医学論文の研究だったということ。実は心理学者の手による似た研究もあるんですが,扱った論文数,フレーズ数とも圧倒的敗北と認めざるを得ない(Olsson-Collentine et al., 2019)。それにだいたい,仮にも心理学者を名乗るのならば,どんな表現をすれば有意な結果じゃなくても査読を突破できるのか,心理学的観点から具体的に提案するくらいの高みを目指したいですよね。「ほとんど有意も同然:編集長と査読者の心を動かす説得的コミュニケーション(p = .051)」あたりのタイトルで,どなたか一つ,どうぞよろしくお願いします。

https://mchankins.wordpress.com/2013/04/21/still-not-significant-2/

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

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