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人間の強さと弱さ――レジリエンスの観点から
上野 将玄(うえの まさはる)
Profile─上野 将玄
2019年3月,筑波大学大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻博士後期課程修了。博士(行動科学)。2020年8月より現職。専門は実験心理学。
私は,「強い人間」とは何なのか,知りたいと思っています。タイトルにあるレジリエンスとは,「ストレスに対する抵抗力・ストレスからの回復力」を意味する用語です。私は,「強い人間」を調べるためにこの用語を手がかりにしています。
以前の私はげっ歯類行動実験によるレジリエンス様行動パターンの解析を行っていました[1]。当時は,人の心は脳の働きによって生じるという前提で,強い人には強い脳のパターンがあるのだろう,と考えていました。しかし,確かに脳内物質や脳領域とレジリエンスとのつながりを示唆する先行研究はある[2]のですが,そのレジリエンスという用語の使われ方はどうにも多様であり,とらえどころのないものに思えました。レジリエンスの観点から行動の個体差を調べる先行研究は,疾患の発症や治療予後などと結び付ける考え方が多く,「そもそも『強い』とはどのように定義するのか」という「強さ」自体に関する掘り下げはあまりされていないのが現状だと思います。加えて,人を取り巻くストレスには人間関係を含む社会的な要素が含まれていることが多く,そこには職場や学校といったコミュニティ,文化,法制度などの関与があるとすると,その環境因子は多様で複雑であり,それらを無視ないし統制した動物実験のみで「強い個体」を定義しても,その定義がとらえられる範囲は限定的ではないかと考えました。
「強い」と「弱い」はよく対になる言葉です。レジリエンスと強さの話をすると,強い方がポジティブで弱い方がネガティブな印象を持たれがちですが,私はどちらの方が良いとも思っていません。現代まで残っている「弱さ」には適応に寄与する面があったと考えられます。実際に,社会経済的ストレス状況において,心理社会的にレジリエントな人々のほうがむしろ身体的リスクは高くなる可能性を示す研究も存在します[3]。
そうした紆余曲折があり,現時点の私は,「強い人間」とは,①認知的柔軟性を含む学習能力が高い,②状況に応じて他者からの支援の獲得やロールモデルの更新を積極的に行うことができる,③自分の価値観を絶えずアップデートできる(常に変化を受け入れることができる),という要素を保有しているのではと考えています。それらをうまく実験に落とし込むことは難しいのですが,最近の私は,人間のレジリエンスを多面的にとらえるために,質問紙によるレジリエンス測定と実験場面でのストレス反応の関係について,トリーア社会的ストレステストのオンライン版を用いた生理心理学研究を行っています(研究計画事前登録:https://osf.io/csj57)。
まとめると,いつでもどこでもどんなときでも強い人間が存在するわけではなく,特定の状況と特定の個人内要因が組み合わさるとき,たまたま強い人間というふうに見えるだけなのかもしれません。昔から心理的レジリエンス因子に個人内要因と社会的要因がどちらも含まれることは言われてきました[4]。個人の強さや弱さとは,状況特異的に観察されるものに過ぎず,我々は見たいものを見たいふうに見ているだけにすぎないのかもしれません。そして,強さが相対的なものだとすると,対にされる弱さもそうでしょう。別の言い方をすると,ある状況で適応できない人でも別の状況ならうまく適応できる可能性もあり,「何をやってもダメな人なんていない」,と考えると,そこにはある種の救いがありそうです。レジリエンスとは個人内の因子単独で成立するものではなく,個人内因子が状況や文脈といった環境要因と噛み合うことによって生じるものなのでしょう。
文献
- 1.Ueno, M. et al. (2017) The relationship between fear extinction and resilience to drug-dependence in rats. Neurosci Res, 121, 37–42.
- 2.Yehuda, R. et al. (2006) Developing an agenda for translational studies of resilience and vulnerability following trauma exposure. Ann N Y Acad Sci, 1071, 379–396.
- 3.Brody, G. H. et al. (2013) Is Resilience only skin deep?: Rural African Americans’ socioeconomic status-related risk and competence in preadolescence and psychological adjustment and allostatic load at age 19. Psychol Sci, 24, 1285–1293.
- 4.Haglund, M. E. M. et al. (2007) Psychobiological mechanisms of resilience: Relevance to prevention and treatment of stress-related psychopathology. Dev Psychopathol, 19, 889–920.
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