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裏から読んでも心理学

謎解きは本人抜きで

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

喫茶店とかレストランで,隣の席の会話って気になりますよね。あの二人ってどういう関係? カップル?上司と部下?それとも?等々。店を出たら大急ぎで連れと答え合わせをしたり。まぁ正解は,ご本人たちに聞いてみないと,分からないんですけれどね。

そんな隣席の会話に心理学用語が出てくると耳がカクテルでパーティになります。あれは10年ほど前の渋谷のカフェ。タレント志望っぽい若い女性と,あまり堅気ではなさそうな中年男性の組み合わせでした。「ブログとか,どんどん書いたほうがいいよ。そうやって○○ちゃんの名前をどんどん見てもらうと,好きになってもらえるんだよ」。はい,単純接触効果(Zajonc, 1968)ですね。心理学の知識が世間で役に立っている様子に心がヌルリとあたたかくなりました。

かくも有名な単純接触効果ですが,相次ぐ著名研究の追試失敗報告に心が荒んだ自分でも,これは固いだろうと思っていました(ます)。だから「全く出ない」という論文の噂に驚き,慌てて読みました(Chow et al., 2022)。いやあもう,きれいさっぱり出ていない。なんで。

もう少し丁寧に說明しましょう。オンライン実験で,画面に出てきた顔写真の性別を答えるという作業を,ひたすら何回もやってもらいます。実は,ある顔写真は繰り返し7回も画面に出てくる一方で,他は3回とか5回とかしか出てこない仕組みになっています。単純接触効果が働けば,たくさん出て来た顔(多く接触した顔)ほど好ましく思うようになるはず。ところが何回も見ても好ましさが上がらない。設定を変えて都合4実験,約400人からデータを集めているのですが,きれいにまっ平ら。

とは言え心が荒んでいるので簡単には納得しません。何と言っても研究計画を事前登録してない。上手く行かなかった結果だけつまみ食いして「ほら,あの有名な単純接触効果も再現されないよ!」と売名を目論んでいるんじゃないかとか,黒い想像が一瞬頭をよぎりました。

でもきっと,たぶん,本当に効果が出なかったっぽい。この研究,わざわざ参加者の半分を平均約70歳の高齢者から集めています。それと言うのも,高齢者施設入居時のストレスを和らげるために,単純接触効果で施設スタッフへの好感度を予め高めておけないか調べるのが,元来の目的だったというのです。そう思って読むと,期待が裏切られた純粋な失望が滲み出ているようにも感じられます。

周辺情報もこの読後感を後押しします。例えば共著者。第一著者だけトロント大でないので「どういうご関係?」と調べてみたら,2018年の卒業生でした。公開データのファイル名から推測するに2020年9月〜10月に集中的にデータ取ってます。実験のセッティングが(専門でないので自信はないのですが)甘い感じがする等々。総合的に想像すると,COVID–19感染拡大で実験室実験が出来ない中,「単純接触使えたら良いよね! いっちょやってみる?」と,旧知の仲間で,事前登録も省いて,気軽に行ったプロジェクトだったのかな,と。ところがあに図らんや全く効果が出ないもんで,仕方がないから(?)報告した,と。

そんなん,ご本人たちに尋ねてみれば? ええ,まったくそうですよね。でも。Acknowledgementを読むに,圧倒的に貢献が大きいのは第二著者のRhodesさんなんです。逆に第一著者のChowさんの貢献はいまいちよく分からない。それなのに責任著者にもなってる。メンバーの間に何があったのか,少し不穏な感じもして,赤の他人が突っ込むのは,ちょっと,かなり気が引けます。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

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