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この人をたずねて

杉森絵里子 氏
早稲田大学人間科学学術院 准教授

杉森絵里子 氏(すぎもり えりこ)

Profile─杉森絵里子 氏
2003年京都大学大学院教育学研究科修士課程修了,2006年同大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は認知心理学。日本学術振興会特別研究員,日本学術振興会海外特別研究員,早稲田大学高等研究所助教を経て,2015年から現職。単著に『「記憶違い」と心のメカニズム』(京都大学学術出版会)。

杉森先生へのインタビュー

インタビュアー:はた ゆうみ

─先生の研究テーマについて教えてください。

ヒトは現実に起こっていることと,自分の頭の中の出来事をどのように区別しているのか,またどの程度区別せずに影響を及ぼし合っているのかというところに関心があります。詳しくいうと,現実と想像が分離する,または混同するメカニズムを調べるために,記憶という手法を用いるため,フォルスメモリ(虚記憶)にも興味がありますし,どういうヒトが想像を現実だと思いやすいのか,といった個人差にも注目しています。

─この研究テーマに興味を持ったきっかけを教えてください。

例えば,家族が喧嘩している時に,それぞれの言い分が重なっているけれど,見かけが異なることがありますよね。真実は一つですが,その前にある事実は想像とか予測により「その人味」が足されて,事実と事実の間にずれがあるということに面白さを感じました。

─先生は日常の中での観察から仮説を育てているのでしょうか?

そうですね。日常の中の疑問が研究に繋がることが多いです。例えば,最近の研究では青いプラスチック容器に緑茶を入れ,本来の緑茶の色よりも濃い色にお茶を見せたらとても苦く感じる,という研究をしています。これは,記憶研究とは違うけれど私の興味の範疇です。見た目から頭の中で想像する味に実際の味がひきずられているわけですよね。私の研究の通底には,「どうやってヒトは現実と頭の中を区別しているのだろう?」というテーマがあります。

─勝手に杉森先生は記憶研究を中心に,現象の解明に取り組まれているのだと思っていました。

私は記憶実験を,自身が知りたい現実と想像の相互作用を調べるための「ツール」だと考えています。例えば,フォルスメモリは,想像で作り出しているにもかかわらず,その人が「現実だ」と判断した結果であり,想像の鮮明さを見るための指標として使っています。ソース・モニタリングの第一人者であるマーシャ・ジョンソン先生のところに滞在した際に,fMRI研究をしていました。「人の声を想像してください」と教示された時,想像力の高い人たちは実際に賦活するはずのないウェルニッケ野が賦活しました。「ああ,本当にこの人たちには聞こえているんだ」と改めて感じました。そして,その結果フォルスメモリとして「あの時実際に聴いた」と反応しているんですよね。記憶というのは見たいことを見るためのツールとして使っています。

─今興味のある研究を教えてください。

「懐かしさ研究」をしています。懐かしい気持ちは,孤独を感じたり,後ろ向きになったりしたときに感じる傾向があるといわれています。懐かしさを感じることは,過去の自分と今の自分を繋ぐような,「過去にこんなに頑張れたから今頑張れる」といった未来を明るく生きるための報酬になっている可能性があります。また,懐かしさをみんなで共有した時に,よりいい気分になるとも報告されています。しかし,少数ですが,過去にネガティブな傾向を持つ人はあまりいい気分にならない。つまり,みんながみんな懐かしさに浸れる訳ではないんです。そこに焦点を当てて,過去にネガティブな傾向を持つ人たちにどういう効果的な介入があるのかを検証しようとしています。

─先生は個人差を大事にしていらっしゃるように感じました。マジョリティではなく,マイノリティに目を向けるメリットはありますか?

ヒトを対象とした実験はすごく個人差がでます。私は「そうじゃない方」をどう救えるかを大切にしています。例えば,フォルスメモリだらけの人たちは,「人に嘘つき呼ばわりされる」などきっとたくさんつらいことを経験されています。でも,「この人たちの脳は声を想像しているだけなのに,ウェルニッケ野が活性化しているんだよ」ということを示すことで,声が聞こえるくらいその人たちには創造性があることがわかると,今度はその人たちの創造性を活かせることが出てくるかもしれません。あえて,マジョリティから視線を外すことで得られるものがあると考えています。

─先生は3年間海外に行っておられます。

自然が豊かな東海岸にあるイエール大学に滞在していました。懐かしくて涙が出るほどいい思い出です。最初はあまり順調ではなく,ストレスフルな毎日でした。よく考えたら,なんでこんなにいい思い出として残っているんだろうというほど,過酷でした(笑)。ラボはほとんど女性だけで成り立っていました。みんなが自立した人生を生きていて,とても刺激を受け,私も一人の研究者として,後生のモデルとなるような生き方をしなければならないと身が引き締まりました。この経験は日本に帰ってきてポストについた今も生かされていると思います。

─キャリアを積む上で,結婚・育児というライフイベントは時に大きな障害になり得ると思います。これからキャリアを積む若手研究者にアドバイスをお願いします。

私は,毎年コンスタントに論文を出していたのですが,子供を産んでからの5年間は論文が出ませんでした。育児をしているときも育児のせいで論文が書けないのではなく,今は育児を優先させたいので論文は書かないという選択肢を取りました。歯痒い思いもありましたが,子どもと一緒に過ごすことを優先させることが「自分の選択」と言い聞かせて踏ん張りました。「懐かしさ研究」をしていたので,今はすごくしんどいけど,10年後には素晴らしい思い出になっていると思って乗り越えました(笑)。自分に必要なものを一個ずつ選んでいく過程が大切です。私は,自分が全てをうまくこなすことができるタイプではないことを知っていますし,他人を妬んでしまうことや,子育てのせいにしてしまうことが嫌だったので,ある程度納得するだけの論文数を積むまで育児はしないという選択を取りました。どう生きるかの選択肢はたくさんあり,何を選ぶのかは自由で,そして選ぶのはすごく大変です。しかし,昔の男性は育児をするという選択肢を与えられている人はごくわずかだったと思います。今の自由な時代だからこそ,自分に合う選択を考えないといけないですね。

インタビュアーの自己紹介

インタビュアー:はた ゆうみ

インタビューを行った感想

2022年6月,万緑の中にたたずむキャンパスにお邪魔しました。初めてお会いする先生のインタビューに少し不安を感じていたのですが,杉森先生はとても気さくな方で不安はすぐに消し飛びました。軽快に,時に思い巡らせながら,私の質問に真摯に答えてくださり,インタビュー時間はあっという間に過ぎていきました。特に印象深かったのは,杉森先生はサイエンスとしての問いを明確化されていて,その問いを紐解くために様々なアプローチで研究されていることです。指導教員に「畑さんのサイエンスとしての問いは何?」と尋ねられ,自分が本当に知りたいことは何かと思い悩む私にとって,杉森先生のお話はとても刺激的でした。

現在の研究

私は習慣を研究しています。習慣というと,決まった時間に決まった行動をするルーティーンのようなものを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし,私の興味の所在は少し違います。例えば,住み慣れた家では特に注意を払うことなく電気をつけることができます。これは,毎日つけたり消したりすることによって自動化されたと考えられます。私はこのような密かに日常を支えている,生物がもつある種の機械性に興味があります。

私はこのような自動化のメカニズムを,「動き」から明らかにしようと試みています。従来の習慣研究では,特定のオペラント行動(レバー押しなど)にのみに着目し,その他の行動は考慮されてきませんでした。しかし,最近では,特定のオペラント行動とその他の行動間の遷移構造の変化により習慣の生起を説明するモデルが登場し,生物が持つ豊かな行動構造に目を向ける必要性が指摘されています。この試みはまだ道半ばなのですが,動物の動きという分厚いデータの波から法則を見出す試みは,実験室で自然の中を覗き込んでいるような楽しい体験となっています。

Profile─はた ゆうみ
専修大学大学院文学研究科後期博士課程,日本学術振興会特別研究員(DC2)。修士(文学)。共著論文に「ハトにおける強化前遅延と強化後遅延が選択に及ぼす効果」Japanese Journal of Animal Psychology, 68, 17-23, 2018など。

はた ゆうみ

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