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ここでも活きてる心理学
データと概念を操る魔法使い
江川 伊織(えがわ いおり)
Profile─江川 伊織
2017年東京大学総合文化研究科修士課程修了。修士(学術)。2021年Thinkings株式会社にデータマネジメント第1号社員として入社。採用管理システムsonar ATSのデータ分析や各種リサーチを手掛けている。
IT企業の魔法使い
会社をRPGのパーティとするならば,私の仕事は「魔法使い」にあたります。前線の戦士(営業やエンジニア)を魔法で後方支援するポジションです。Thinkingsが立ち向かうのは,採用にまつわる課題です。特に,企業の採用担当者が日程調整や選考管理に時間を取られ,応募者に十分に向き合えずにいる現状を,ITの力で打破することを目指しています。この中で私は,営業戦略やプロダクト開発の意思決定を支援するためのデータ分析を担当しています。魔法使いのたとえだと,データ分析が呪文になるでしょうか。
私は大学院で異常心理学を専攻した後に,科学教育や研究支援などの仕事を経て現職に至ります。現在のデータ分析部署は私の入社と同時に設立されたため,半年ほどひとりで実務に携わっていました。約150名の組織に異分子のような立場で加入したため,自分のスキルや考え方を相対的に捉える機会が得られました。特に心理学の研究経験がどう活きているかを以下で共有したいと思います。
研究経験がそのまま活きる仕事
現在扱っているデータは多岐にわたります。いわゆるSaaS型*のビジネスなので,ユーザーの活用状況や利用満足度のデータが日々蓄積されます。他にも,営業活動の結果得られる受失注の記録,サポートサイトの閲覧状況など,量や型もさまざまなデータが存在します。こうしたデータから,各チームの機能を強化したり,課題を解決したりできる示唆を汲み出すのが私の役目です。たとえば「活用状況をもとにユーザーを分類し,より効果的なサポートをしたい」といった現場の要望に対し,データを用いて貢献できるような問いの設定を行い,分析をもとに現場の施策への実装を目指します。このプロセスは,問いを立ててデータを分析し,考察を生み出す研究のプロセスと重なる部分が多く,大学院での研究経験がそのまま活きていると感じられます。
概念を高精度で扱える力
こうした仕事の中で,統計解析のスキルや質問紙調査の経験は直接的に役立つスキルです。これらの他にも,今の仕事を下支えしていると感じられる大学院での経験が2つあります。ひとつは,心や行動をモデル化して考えた経験です。外部刺激から行動に至る因果関係を考えたり,交絡要因を考慮したりすることは,心理学の研究に必ず伴います。これは採用活動のような,人が関わる現象に対して施策を考えるときにも求められる力だと感じます。
もうひとつは,抽象概念を論理的に扱う訓練を積んだ経験です。人材領域では,エンゲイジメントやレジリエンスといった構成概念がよく登場します。こうした概念の定義を明確にしたり,他の概念と細やかに弁別したりする力が心理学の研究では身につくと思います。概念の扱いが甘いと,関係者間の認識のずれが生まれ,事が進まなかったり方針がぶれたりします。この力は,人材領域での施策を進めるための確かな土台を作ることに活きると感じています。
私のチームではつい最近,こうした力を備えた心理学研究者を新たに1名採用しました。研究経験をもつ人が魔法使いの立ち位置で活躍する事例が増えれば,活躍の場がさらに拡がっていくのではないかと期待しています。
- *software as a serviceの略。インターネット経由でソフトウェアサービスを提供する業態。
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