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こころの測り方
意識・クオリアを科学するには?
土谷 尚嗣(つちや なおつぐ)
Profile─土谷 尚嗣
専門は意識研究。Computation and neural systems, PhD (California Institute of Technology, USA)。2020年より現職。共訳に『意識をめぐる冒険』『意識の探求:神経科学からのアプローチ』(ともにコッホ著,岩波書店)がある。Twitter: @naotsuchiya,YouTube: “Neural basis of Consciousness”。
死ぬときにはどんな気持がするのか? 自分にはいつから意識があるのか? 他人と自分は同じように世界を見て,空を同じく青いと感じているのか? 動物やロボットが何かを感じることがあるのか?
心理学や脳科学研究を目指している読者には,こういう主観性の問題をきっかけとしてこの道にすすんだ方もいるでしょう。私もそうでした。歴史的には,主観・意識・クオリア(=意識の中身,「青の青さ」)は直接に「測定」ができないので研究できないとされてきました。厳密測定できる「行動」のみを実験し解析すべき,とする行動主義心理学。主観性を研究対象外とする行動主義は,哲学・臨床研究・認知脳科学に今でも影響を与えています。
近年脳イメージングが発展し,私たち自身が実験参加者となり,主観的意識に対応した脳活動を計測できるようになり,極端な行動主義の考えを取る人は減っています。では,意識やクオリアは,脳イメージングと心理学手法を組み合わせれば,その仕組みがわかるようになるのでしょうか? この話題に興味がある読者の方には,私の著作『クオリアはどこからくるのか?:統合情報理論のその先へ』(岩波科学ライブラリー)などで深掘りしてみてください。
本稿では,新しい意識研究手法として注目されている「無報告課題」と「大規模類似度課題」を紹介します。クオリアとその測定の関係性,つまり,判断や報告などの行動と主観性には,どういう関係があるのでしょうか?
意識は測定できないとは,脳活動測定ができなかった時代に,実験参加者が何を考え感じているかは原理的にわからない,という考えから生じました。心理学で外から制御できるのは,外界の刺激。計測できるのは実験参加者の行動。刺激を入力として行動を予測できさえすれば,意識なんてわからなくてよい,という考えです。
話はそれますが,私は子供の頃,ドラゴンクエストというゲームが大好きでした。ある日,当時売り切れで手に入らなかったドラクエ「攻略本」が届き,私は興奮して読み始めました。ところが,これが超ガッカリ! 私が好きだったのは「ドラクエ経験」であって,経験とは関係のない入出力の部分(アイテムに関する情報など)は,役には立ったけど,私の興味ではなかったのです。
同じように(強引!),私の元々の興味は「生きられた経験・クオリア」だったのに,いつの間にか,経験を持つ実験参加者の行動や脳活動ばかりを研究していることに気づく時があります。攻略本的なガッカリ感はどうしようもないのでしょうか?
この問題と関係するのが,哲学者の西田幾多郎や現代心理学の父であるウィリアム・ジェームズらが論じた「純粋経験」という考えです。ちなみに藤田正勝の『現代思想としての西田幾多郎』(講談社)は,私でもスイスイ理解できた(と思う)のでおすすめです。
純粋経験は,判断や言語化の前にある経験そのもののことです。「私がりんごを赤いと思う」ではなく「赤いりんご」むしろ「赤」だけです。私という主体がりんごという対象を赤いと思うという経験を持つ,という枠組みを一度捨ててみようという話です。赤ちゃんや動物は「赤」と言語化しないでしょうから,彼らの意識は純粋経験でしょう。
純粋経験は,主観そのものを研究したいと考えている人には面白い概念です。が,判断する前の経験など,研究対象になるのでしょうか? 言語化されない内容は,脳内の微弱な神経活動に対応し,意識にはのぼらないのかもしれない。たしかに,短時間の刺激提示状況では,意識的にアクセスできない脳活動が生じることが観察されます。言語化されないなら,なにも意識されないという考えはヘーゲルなどの西洋思想に見られます。
しかし,無意識に対応する脳活動と,注意を向けず報告もしないが意識にのぼっている脳活動は,質的に相当違うことが近年わかってきています[1]。眼球運動などを計測すれば,無報告でも主観経験を高い精度で予測できる状況も知られています。「無報告課題」により,純粋経験の神経基盤に近づける可能性があります。
無報告課題では直接に実験参加者から報告を得ないので,どうしても不安が残ります。意識研究の文脈では,注意を向けていないときには,目の前に見せられた目立つ物体すら見えない,という状況もあります[2]。そんな状況を知っていれば,無報告課題には抵抗があるかもしれません。
このジレンマを解決するために,無報告課題と組み合わせて使うと有望なのが「大規模報告課題」です[3, 4]。 オンラインで実験を組めば,実験室では難しい大量の知覚刺激に対して,大多数の実験参加者からデータを得ることが容易になります[5, 6]。これを活かし,予測ができない刺激を一瞬だけ見せられたとき,言語[4]や視覚プローブ[3]を使って,視覚経験の中身を各参加者が部分的に報告する。それらを総合したものを参加者集団が共通に経験しうるものとみなせます。
たとえば,我々は大規模報告課題を使い,一瞬見せられた自然画像の中に,画像のテーマにそぐうもの・そぐわないものがどれだけ意識にのぼるかを計測しました[3, 4]。このような状況では,部屋の外や中,乗り物や人,といった大雑把なカテゴリーしか報告できないものでしょうか? 我々の実験では,細かいレベルの具体物,たとえばエッフェル塔などですら,133ミリ秒という提示時間(マスクあり)でも,ほとんどの人が報告できました。ならば,無報告条件下で同じ写真を見せても,大体の参加者ではエッフェル塔が見えているはずだ,という予想が立ちます。一方,画像内の物体の入れ替え,たとえば,掃除のモップをカヌーのパドルに入れ替えるなどしても,その物が画像に対して小さい場合,多くの参加者が気づきません。今後,どのように注意をそらせば,明らかな違いに人が気づかないのか,ということも大規模報告課題で明らかにできるでしょう。
確率的に意識・クオリアが生じる状況は,これまでの心理学・脳科学では,意識のメカニズムに迫るための最も重要な課題だとされてきました。外部刺激を一定にしていても,見える人と見えない人がいる状況で,彼らの脳の働き方の違いを理解すれば,意識のメカニズムの理解につながるはずだ,という論理です。しかし,日常で私たちが経験する意識というのは,確率的なものだらけではないでしょう。歴史的に,心理物理学では,基本となる「ものさし」として「丁度可知差異」が使われてきました。そういう確率的で,微細な主観的な違いだけに注目せずとも,主観感覚の直接の報告や,類似度報告といった他の方法を使えば,よりグローバルなクオリアの構造を捉えられます。ある明度・彩度における色のパッチを集めて,それらの距離が主観的な類似度になるように配置しようとすると,環状の色構造が明らかになります。こういうクオリアの構造を支える脳活動を明らかにする,というのが,我々が提案している「クオリア構造」プロジェクト[7]の一部です。
クオリア構造では,大規模報告と無報告課題を組み合わせた研究も行っています。大規模に色の類似度をオンラインで測ると,色の類似度構造は,通常言われているような三次元(明度,彩度,色彩)では捉えられなさそうです。また,様々な色を無報告課題で見せると,報告に関する脳部位の活動は減少しますが,視覚野での活動は変わらないか,むしろシャープになっている,という予備的な結果も得ています。このような結果を積み上げることで,我々の日常生活の直観にしっくりくる,西田やジェームズが言っていた,言語化・報告・判断の前の「純粋経験」の世界を研究する手立てが得られるのではないでしょうか?
意識やクオリアは研究できない,とするような概念的なバリアは,オンライン実験などの新しい心理学のツールや,高精度の脳イメージングや,理論神経科学(統合情報理論)などと結びつくことで,どんどん崩れていくことでしょう。研究の妨げ・理解のバリアを根本的に問いただせば,モノとこころ,脳と意識の関係性への理解の道が開けて来るでしょう。その道の先に,主観と客観は対立したものと考えるべきか,という西田の根源的な問いがあり,この世界のあり方,人間の生き方へのヒントがあるのかもしれません。
文献
- 1.Tsuchiya, N. et al. (2015) No-report paradigms: Extracting the true neural correlates of consciousness. Trends in Cognitive Sciences, 19, 757-770.
- 2.Simons, D., & Chabris, C. (1999) Selective attention test. https://youtu.be/vJG698U2Mvo
- 3.Qianchen, L. et al. (2022) How much can we differentiate at a brief glance: Revealing the truer limit in conscious contents through the massive report paradigm (MRP). Royal Society Open Science, 9, 210394.
- 4.Chuyin, Z. et al. (2022) What can we experience and report on a rapidly presented image? Intersubjective measures of specificity of freely reported contents of consciousness [version 1; peer review: 1 approved]. F1000Research, 11, 69.
- 5.Hebart, M. N. et al. (2020) Revealing the multidimensional mental representations of natural objects underlying human similarity judgements. Nature Human Behaviour, 4, 1173–1185.
- 6.Cowen, A. S., & Keltner, D. (2017) Self-report captures 27 distinct categories of emotion bridged by continuous gradients. PNAS, 114, E7900-E7909.
- 7.https://qualia-structure.labby.jp/
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