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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

視覚と聴覚の空間情報を心的に操作する

前澤 知輝
NHK放送技術研究所 博士研究員

前澤 知輝(まえざわ ともき)

Profile─前澤 知輝
北海道大学大学院文学院修了。博士(人間科学)。専門は認知心理学。2022年より現職にて映像評価研究に従事。他にも注意,作業記憶,魅力に関する研究などを行う。

そこに物体があるという空間的気づきは,視覚だけでなく,聴覚からも得ることができる。特殊な場合には,ソナーのように音を自ら発して反射音を聴く。音だけで物体までの距離を推定させると,視覚よりもやや不正確であることがわかったのだが[1],それでも視覚の代わりの手段として,テクスチャや大きさ等の弁別を行える。

ある感覚(モダリティ)が空間的に優勢だったとしても,他の感覚で情報を補う行動は,哺乳類では一般的に観察できる。ある種のコウモリでは,標的距離と明るさに応じたモダリティ切り替え戦略が示唆されている。聴覚は指向性が高く,すぐに減衰してしまうため,代わりに広い視野で情報を補う。鯨類でも類似した視覚利用戦略があるかもしれない。ネズミイルカにとって聴覚情報は高い定位精度をもつはずが,なぜか視覚に依存する可能性があった。実際,遊泳中のイルカに視覚阻害をしてみると,自由に遊泳できなくなり衝突制御の精度が低下した[2]。これらのことは,一部の哺乳類は視覚と聴覚を相補的に利用している可能性を示す。視覚と聴覚から得られる情報は類似しているのだろう。ある図形を数秒後に再確認する記憶テストで,小型鯨類は聴覚だけで特定した三次元図形を,視覚情報だけで正解できる。

いくつかの感覚による情報補完は同じようにヒトでも考えられる。ここで,モダリティ切り替えに着目してみる。同じ対象に関する空間情報を視覚だけでなく,聴覚からも同時または順番に取得し情報の照合を行う場面で,イメージとして浮かべる対象が,視覚と聴覚で共通であるかが重要になってくる。これらの情報の照合にコストが生じる場合は,イメージを素早く,あるいは正確に切り替えることは難しくなってしまう。

より具体的には,上の記憶テストが対象とする一時的なイメージについて,素早く正確な切り替えができる場合,①イメージを記憶する場所が別々に存在しない,②聴覚と視覚の情報を切り替える損失が小さい,という共通性の観点を検討してみた[3]。①については,いくつかの画像や音声を記憶させるテストで,その成績から直接的に記憶容量を計算して確認できる。容量値の大きさから,画像と音を同時に記憶すると,互いの容量スペースに干渉することがわかり,記憶する場所が共通である可能性がわかっている。②については,記憶テスト成績が記憶更新の精度を反映するように実験手続きを改良した。視覚と聴覚でそれぞれ示される上下左右方向の指示に従って心的に標的を追いかけるテストを実施した。ここでのモダリティ切り替えの損失とは,情報の照合や統合の失敗を意味する。しかし,そのような損失は検出されず,情報更新の側面でも共通性が支持されることがわかった。

他の哺乳類と同じように視覚と聴覚への依存を切り替える戦略については,手がかり刺激の区別のしやすさを操作すれば観察できると考えた[3]。方向指示に従って標的を追いかける時,視覚よりも聴覚の方向が区別しやすくなると,そうでない時に比べて,実験参加者は優位な聴覚情報を利用した。聴覚の優位性を段階的に逆転させていくと,促進と干渉の特徴は,ちょうど視覚のそれと対称的に変化していった。このように,感覚の種類にかかわらず,優位だが嘘の情報が他方の感覚情報に影響することが明らかになった。重要なことは,優位な感覚情報は真偽にかかわらず無意識的に利用されてしまうのだが,本当の情報も同時に利用しており,視覚と聴覚のどちらか一方だけに頼り切るというわけではなかった。したがって,ヒトや他の哺乳類では,いくつかの感覚から得られる情報入力を排除せず,むしろ共通性をもつ情報への依存を許容しているのかもしれない。今後は仮想空間技術等を応用することで,これらの知見に対する考察を深めたい。

文献

  • 1.Kolarik, A. J. et al. (2016) Auditory distance perception in humans: a review of cues, development, neuronal bases, and effects of sensory loss. Attention, Perception & Psychophysics, 78, 373–395.
  • 2.Maezawa, T. et al. (2019) The effects of visual impediment on the approaching behavior of harbor porpoise, Phocoena phocoena. Mammal Study, 44, 205–213.
  • 3.Maezawa, T., & Kawahara, J. I. (2022) Processing symmetry between visual and auditory spatial representations in updating working memory. Quarterly Journal of Experimental Psychology. https://doi.org/10.1177/17470218221103253

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