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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

音楽・ダンスからヒトの心を探求する

富田 健太
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻/日本学術振興会特別研究員DC1

富田 健太(とみた けんた)

Profile─富田 健太
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻修士課程修了(情報学)。愛知大学文学部心理学科非常勤講師,共調的社会脳研究会理事,オンラインサロン「『人間とは何か?』ガチ研究会」副代表。

「うちの犬は音楽を流すと,それに合わせて踊るんだ」のようなことを一度は友人から聞いたことがあるかもしれません。またInstagramやTikTokなどのSNSにおいて,動物が音楽に合わせてダンスをしているような映像を見たことがあるかもしれません。このような映像を見ると,「本当だ!可愛い!」と思う人もいるでしょう。一方で「本当にダンスをしているの?音楽とは無関係に動いているだけではないの?」と思う人もいるでしょう。

この疑問に対して,ある研究グループはYouTubeに投稿されている“動物の踊ってみた”のような動画を用いて「動物は音楽に合わせて自発的にダンスをするのか」を検討しました[1]。その結果,イヌも含めて多くの動物は音楽に合わせたダンスをしていませんでした。

この研究が示唆することは,私たちにとっては当たり前のように存在している音楽に合わせたダンスは動物全体ではあまり見られない行動だということです。つまり,この行動のメカニズムやその進化的起源を探求することはヒトのヒトらしさを明らかにできる可能性があり,心理学や近接領域では「感覚運動協調」や「リズムへの同調運動」などと呼ばれ,多くの研究が行われています。

リズムへの同調運動を研究する上で頻繁に用いられる課題の一つに,「同期タッピング課題」というものがあります[e.g., 2]。これは非常にシンプルな課題で,提示されるメトロノーム音に合わせて手指でタッピングを行うというもので,実際のダンスや音楽演奏とは異なり,タイミングのズレなどをミリ秒単位で容易に分析することができます。

この課題を用いることで,リズムへの同調運動のさまざまな側面が明らかになってきました。例えば,「メトロノームに合わせてタッピングをしてください」と被験者に教示しているにもかかわらず,ほぼ全ての被験者がメトロノームよりも数十ミリから数百ミリ秒ほど早くタッピングをしてしまうことが知られています(Negative Mean Asynchrony: NMA)[3]。NMAがなぜ生じるのかに関してはさまざまな議論があるのですが,少なくともNMAが生じているということは,ヒトはメトロノームに対して反応的に行動しているのではなく,メトロノームの周期的なリズムを理解し予測的に行動していることを示します。一方で,例えばチンパンジーやラットに類似の課題を行わせると,ヒトとは逆に,メトロノームよりも数十ミリから数百ミリ秒ほど遅く運動することが報告されています[4, 5]

なぜ,ヒトは高度なリズムへの同調運動を行えるのかについては,未だに多くの議論があります。例えば,発声学習とリズム同調仮説では,リズムへの同調運動は声マネ能力(発声学習)の副産物的に獲得されたと考えます[6]。また,神経科学の知見では小脳にリズムへの同調運動を支える神経機構が存在するということも示唆されています[7]。そして,私たちの研究グループは,音楽のような外的リズムへの同調には,身体の内的リズム(内受容感覚)が関与するという仮説を立て,実験を行っています。このような知見を今後も積み重ね,そして統合していくことが,ヒトの心を明らかにすることの一助となることを期待しています。

文献

  • 1.Schachner, A., Brady, T. F., Pepperberg, I. M., & Hauser, M. D. (2009) Spontaneous motor entrainment to music in multiple vocal mimicking species. Current Biology, 19, 831-836.
  • 2.Tomyta, K., & Seki, Y. (2020) Effects of motor style on timing control and EEG waveforms in self-paced and synchronization tapping tasks. Neuroscience Letters, 739, 135410.
  • 3.Aschersleben, G. (2002) Temporal control of movements in sensorimotor synchronization. Brain and Cognition, 48, 66-79.
  • 4.Hattori, Y., Tomonaga, M., & Matsuzawa, T. (2013) Spontaneous synchronized tapping to an auditory rhythm in a chimpanzee. Scientific Reports, 3, 1-6.
  • 5.Katsu, N., Yuki, S., & Okanoya, K. (2021) Production of regular rhythm induced by external stimuli in rats. Animal Cognition, 24, 1133-1141.
  • 6.Patel, A. D. (2021) Vocal learning as a preadaptation for the evolution of human beat perception and synchronization. Philosophical Transactions of the Royal Society B, 376, 20200326.
  • 7.Okada, K. I., Takeya, R., & Tanaka, M. (2022) Neural signals regulating motor synchronization in the primate deep cerebellar nuclei. Nature Communications, 13, 1-12.

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