公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 100号 「弱み」を「強み」に変える心理学
  5. 自己調整学習に基づく自己の強みの意識化 ─ 障害当事者の発達的変化より

【特集】

自己調整学習に基づく自己の強みの意識化 ─ 障害当事者の発達的変化より

後藤 隆章
横浜国立大学教育学部 准教授

後藤 隆章(ごとう たかあき)

Profile─後藤 隆章
博士(教育学)。専門は特別支援教育。著書に『高等学校教員のための特別支援教育入門』(分担執筆,萌文書林),「特別支援教育(第3版)』(分担執筆,福村出版)など。

吉田 佐保子
社会福祉法人げんき 職員

吉田 佐保子(よしだ さほこ)

Profile─吉田 佐保子
修士(心理学)。専門は発達心理学。共著論文に「肢体不自由児を育てる母親の子育て中の心理状態に関する検討」Journal of Health Psychology Research, 33, 29-37, 2020。

学習障害と自己調整学習理論

これまで難しい課題に挑戦してみようと思うとき,その背景にはどのような経験の積み重ねがあるだろうか。特別支援教育の領域では,その特異的な認知特性によって失敗経験を繰り返し,日常生活での達成感が得られにくい事例がいる。そのような事例の一つに,学習障害(Learning Disabilities: LD)がある。LDは,知的障害がないにもかかわらず特定の学習領域で特異的困難を示す発達障害の一つである[1]。LDが示す特異的な学習困難は,脳の機能不全によって認知発達の凸凹が生じ,読み書きなどの学習行動に著しい困難を生じさせる[2]。LDの示す認知特性は多様かつ複雑であり,様々な学び方を示すため,多様な学び方が受容されない環境では,学習面での困難さが顕在化し,学習面での失敗経験をもたらす。これらの経験の積み重ねにより,LDの多くが自分の認知特性や学び方を苦手さ・弱みとして感じる。

一方,LDの特性を多数派とは異なった学び方の人々(Learning Differences)と捉える考え方も提唱されており,個々の認知特性に最適な学び方を獲得させ意識化させていくことが有効な学習支援であると考えられている。このような自己の最適な学び方を意識化させていく手続きを検討するにあたり,ジマーマン[3]による自己調整学習理論が重要な示唆を与える。この理論によれば,学習者自身は自己の学習過程においてメタ認知,動機づけ,行動に対して能動的に関与している学習を自己調整学習として定義しており,その学習過程は予見段階,遂行段階,自己内省段階からなる学習サイクル(図1)を想定している[4]。予見段階では,処理に先行した活動の下準備が行われる。遂行段階では,課題への注意を持続させ,処理内容が適切かを自己モニタリングするなどの処理が関与する。自己内省段階では,課題解決の遂行後に生じる自己評価や原因帰属などが関与する。

図1 自己調整能力における3つの処理段階
図1 自己調整能力における3つの処理段階
(文献[4] に基づき作成)

本稿の共同著者である吉田氏は視空間認知に著しい困難があり,極度の空間失調,書字障害を示す学習障害であると公言している。空間失調とは,空間的な位置関係が理解できず,左右の認識や方向理解の困難を症状として示す高次脳機能障害の一つである。そのため,彼女の弱みは,課題解決において視空間認知処理が要求される場面で,ことごとく問題解決が難しくなってしまうことである。一方,吉田氏は自己の弱みを把握し,特性に応じた教材を活用した書字の学び方を意識化するという経験を積むことで,問題解決のための思考発達を促すという強みへと変えていった。そこで,本稿では,吉田氏が自己の認知特性に応じた書字支援を通じて,どのように自己の認知特性の弱みから強みを導いていったのかについてジマーマンによる自己調整学習理論の枠組みを用いて整理し検討していく。

ひたすら取り組んだ反復学習─ 小学校3年生以前を振り返って(吉田)

小学校は公立学校通常学級に通っていました。小学校3年生のときには,ひらがなやカタカナ,数字を読むことはできましたが,書きにつまずきがありました。担任によっては,かなり多くの書く宿題が出されていました。書く宿題ができないことを学校に相談すると別の学校に行ってくださいと言われるのではないかと思い,課題が難しいことを相談することがあまりできなかったです。

休み時間も,ひたすら繰り返し書く学習を行っていました。繰り返すことのみが勉強であり,それ以外の方法を知らなかったのだと思います。学習をみてくれていた家族からも「頑張ればできるよ」「そのうちできるようになるよ」といった声かけが多かったです。私も「頑張ればできるよね?」「そのうちできるようになるよね?」と尋ねることが多くありましたが,本当にできるようになるのか混乱している状態があり,何かしっくりするものがありませんでした。

小学校3年生以前より,吉田氏は書字のつまずきが顕在化していたが,視空間処理の苦手さを考慮した書字教材やICT環境が整備されておらず,ひたすら反復書字学習が行われており,支援が十分でなかった。自己調整学習理論に基づけば,苦手な処理が要求される画一的な反復書字学習が行われたことで,予見段階にて反復学習の方略のみが形成され,遂行段階で特性と不適合な処理が行われた。これより,自己内省段階でも書けたという達成感が持てず,より混乱した状態が継続している様子がうかがえた。

ここで注目すべき点は,学習環境が十分に整わず,努力が成果として結びつかない学習手続きを繰り返すことが,予見段階,遂行段階,自己内省段階において,より適切な学習方略の形成や意識化を阻害する負のループを形成していたことである。そのため,認知特性に対して適切な書字学習方略が形成されていないにもかかわらず,その原因を自己の努力不足にあると考え,さらに非効率で画一的な学習方略を選択しようとする様子が見られた。これより,直面する学習課題に対して,有効な課題解決の方略を組み立てる思考が困難になっていた。

特性に応じた書字支援による学び方の意識化─ 小学校4〜6年生を振り返って(吉田)

小学校4年生から都内の大学で書字学習支援を受けるようになりました。当時は,書けるようになるのであれば,藁をもつかみたいという気持ちでした。大学では,視空間認知に苦手さがあること,言語に置き換えて覚えることや色に関する能力があるから生かせることを伝えられ,漢字の構成部品を言語的な情報に置き換えて,言いながら覚えたり,色を意識して漢字の構成を分析したりする学習に取り組んでいました。

「私自身の努力が足りないからではなく,視空間認知の苦手さがある障害なんだ。支援も受けられるんだ」ということがわかり,できなくて困っていることやつらさが改善できるかもしれないし,やれるだけのことはやってみたいという気持ちが生まれました。

視空間認知の苦手さによって生じるLDの書字困難には,吉田氏が有する色への優れた能力(強み)を生かして漢字を構成する画要素を色別に提示することや,画要素に言語的情報を付与した学習手続きの有効性が指摘されている。吉田氏に対しては,小学校4年生以降,大学の臨床研究の一環として,視空間認知の困難さを考慮した書字支援が定期的に行われ,特異的な認知特性に対応した書字学習手続きの意識化が図られた。具体的には,漢字の構成部品に言語的な情報を付与した学習支援,部首知識の活用を図る学習支援や,基本的なブロックのまとまりを意識化させる学習支援が行われた。

これらの学習支援を受けて,小学校6年生当時の吉田氏が総合的学習の時間内で自分の漢字の学習方法のポイントをまとめたものを図2 に示す。この内容に基づけば,特性に応じた書字支援教材を用いて学習を進めることで,課題従事に要する負荷が軽減され,書字の成功経験を重ねていったことがわかる。そして,達成感が蓄積されていく中で,自己にとって最適で効果的な書字の学習手続きを意識化できるようになり,書字学習における適切な方略の選択が可能になったと考えられる。これより遂行段階から自己内省段階,そして予見段階につながり,そして遂行段階へと循環するポジティブな自己調整学習が動き出した可能性を指摘できる。

図2 小学校6 年生時の作品
図2 小学校6年生時の作品

学び方の意識化がもたらした強みについて─ 中学生を振り返って(吉田)

自分の認知特性に応じた書字学習の方法が理解できたことで,中学生のころには都道府県の学習や筆算の学習にも取り組んでみようと思い始めました。私は,地図を読むことが苦手であったため,テレビで報じられる天気予報がわかりませんでした。そのため,私だけ傘を持っていなくて困ってしまうことや,反対に晴れているのに私だけ傘を持っていて恥ずかしい思いをしました。都道府県がわかるようになることで,天気予報がわかるようになると思い,その気持ちを大学教授に伝え,都道府県について学ぶ教材を作ってもらい学習を進めました。そこで用いた教材でも,各都道府県の特産品や名所などの意味的情報や場所の覚え方の言語的な情報を手がかりとして学習しました。他にも,数学の筆算に苦手さがあったため,筆算での計算を行う際,色情報を活用できる強みを生かしてペンで上段に色別の印をつけて位取りがわかるようにしたり,色情報を付与し た方眼紙を使って筆算を行うなど,どのような手続きであれば課題ができるのかについての学習をしました。

小学校高学年までに書字課題に関する自己調整学習が成立したことで,吉田氏は中学生以降における書字以外の学習場面でも認知特性に応じた解決方略を選択し,積極的な学習態度が見られた。自己の特性に適合した学び方が意識化されたことで,書字以外の課題でも学習成果の達成度合いを適切に自己評価できるようになった。このように予見段階,遂行段階,自己内省段階の正の循環サイクルが形成されたことで,新しい学習課題に挑戦したいという動機づけや,取り組みたいと思う対象への興味関心が高まったと考えられる。

自己調整能力の社会的認知モデル[5]に従えば,発達初期には,周囲からの声かけやモデルの観察など学習者を取り巻く環境からの影響を受けて自己調整学習が発達していく。この段階では,問題解決のための方略やスキルの模倣的学習が行われ,学習者における内面化が進められる。その際,学習者の周りには方略形成やスキル獲得を助ける他者,環境の存在が必要となる。次に選択可能な方略や処理スキルが獲得され,類似した課題に対して自己の課題解決能力を用いて対応しようとする段階に至る。その後,これまで対応したことのない課題に対して,自己能力を調整し,問題解決を図る段階に至る。

中学生時代の吉田氏は,特性を考慮した書字学習支援によって課題解決方略が形成され,方略に基づく処理の遂行と成功体験を通じて自己特性を考慮した学び方の意識化が促進されたと考えられる。これらの成功体験を積み重ねることで,予見段階,遂行段階,自己内省段階の循環サイクルが機能し,ここでの学習方略を他の学習課題に応用しようとするように学習に対しての動機づけが一層高まったと考えられる。自己調整学習の方略形成においては,処理機能の促進に焦点をあてた認知的側面だけでなく,動機づけ側面に対して働きかけることが重要であると指摘されており[6],吉田氏に見られた認知的処理の促進とその自己調整学習の循環サイクルの機能に伴う動機づけの向上は,今後の自己調整学習の促進方法について検討する上で重要な知見を提供すると考えられる。さらに,本稿で示された自己調整能力の発達的変化が小学校4年生から中学生にかけて引き起こされたことから,小学校中学年までには自己調整学習の促進が重要な支援課題となることが指摘できる。

特性を考慮した書字支援で得られた強み

図3 吉田氏の自己調整学習の発達的変化
図3 吉田氏の自己調整学習の発達的変化

図3は吉田氏が認知特性を考慮した書字支援を受けて見られた自己調整学習における処理段階の変化についてまとめたものである。

当初,吉田氏は自己の認知特性を把握できずに,画一的な書字の反復学習のみに取り組んでいたため,努力が成果に結びつきにくく,学習に対する不安を感じている状態であった。そのため,視空間認知の困難さとそれに伴う書字学習方略の未獲得が吉田氏にとっての弱さであったと考えられる。一方,特性を考慮した書字学習支援を通じて,自己の認知特性に対する理解が高まり,認知特性を考慮した学び方を意識化することで学習面の課題克服が可能になるという思考が獲得された。そして,学習に対する動機づけを向上させていった。このような思考と動機づけの変化は,吉田氏が自己の弱みを強みへとつなげた一側面であると考えられる。

本稿で示した内容は,書字困難を主訴とする一事例の自己調整学習の発達的変化を質的側面より整理したものであるため,自己調整学習の獲得とその影響について論じるには限界がある。今後,対象年齢の幅を広げて自己調整学習の獲得支援と,それに伴う動機づけへの影響について事例検討をさらに増やしていくことで,自己調整学習の本質に迫ることができると考えられる。

注・文献

  • 1.医学領域においては限局性学習症/限局性学習障害(Specific Learning Disorder: SLD),発達性学習症と診断される。
  • 2.Frith U. (1999) Dyslexia, 5, 192–214.
  • 3.Zimmerman, B. J.(1986) Contemp Educ Psychol, 11, 307-313.
  • 4.Zimmerman, B. J. (2008) In D. H. Schunk & B. J. Zimmerman (Eds.), Motivation and self-regulated learning(pp.267–295). Lawrence Erlbaum Associates.
  • 5.Zimmerman, B. J., & Schunk, D. H. (Eds.) (2001) Self-regulated learning and academic achievement. Lawrence Erlbaum Associates.(ジマーマン,シャンク(2006)自己調整学習の理論.北大路書房)
  • 6.伊藤崇達(2009)自己調整学習の成立過程.北大路書房
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

PDFをダウンロード

1