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【小特集】

使用貸借契約をめぐる暗黙のルール

小湊 真衣
帝京科学大学教育人間科学部 講師

小湊 真衣(こみなと まい)

Profile─小湊 真衣
博士(人間科学)。専門は発達心理学,教育心理学。著書に『TK式STAR こどもの社会性発達スケール』(共著,田研出版),『発達心理学者による3歳から就学前までの子育てアドバイス:東アジアこども発達スケールつき』(分担執筆,田研出版)。

はじめに

「ちょっと消しゴム貸して」「一瞬だけハサミ借りていい?」など,日常の中で気軽に行われている「貸し借り」ですが,これは法律では「契約」として位置づけられるやりとりです。貸し借りには,借りる側が貸す側から金銭やその他代替物を受け取ったのち,それと同種・同質・同様のものを返還する「消費貸借」,対価を払わずに他人のものを借り,そのものの所有権を取得せずにそれを使用・収益したのちに借りたもの自体を返還する「使用貸借」,借りたものの所有権は取得せずに対価を払う「賃貸借」などの種類があり,学校や会社などで,友人間や知人間で行われる賃料が発生しない日用品などの貸し借りは,これらのうち「使用貸借」に分類されます。

知り合い同士の間で行われるそれほど高価ではないものの「貸し借り」は,土地や建物,車などの高価なものの貸し借りに比べ「契約」行為として意識されることが少ないため,法律上のルールに基づいて契約が行われているというより,お互いの「暗黙のルール」のもとでやりとりが行われている可能性があることが調査によって示唆されています。そこで本稿では,契約の一つである使用貸借と,それに関する「暗黙のルール」について紹介させていただきます。

使用貸借における「ルール」

使用貸借は契約の一種であるため,民法では借りた側にいくつかの義務が生じるとされています。例えば,借りた人は貸してくれた人の承諾なしに第三者にそのものを使用させたり・収益させたりすることはできないほか,借りたものを汚したり壊したりしてもいけません。また,使用貸借が終了した際は原状を回復させた上で借りたものを返還しなくてはならないとされています。しかし,筆者が大学生を対象に友人間のものの貸し借りについて調査したところ,「友達にマンガを貸したら勝手に別の友人に貸されていた」「貸したものがいまだに返ってこない」「返された本の間にお菓子の食べかすが挟まっていた」など,借主の義務に反する行為によって貸主が被害を被った事例が多く寄せられました。また,「貸したものはもう返ってこないつもりで貸すべき」「少額のものは返ってこなくても仕方ない」などの独自のルールが存在している可能性も示唆されました。

こうしたことから,知人間で比較的安価なものの使用貸借契約が結ばれる場合,それは個々人の「常識の範囲」やお互いの「暗黙のルール」内で行われる傾向があるということ,および,その「暗黙のルール」の内容は双方の間で食い違っていることがあり,それが貸し借りにおけるトラブルの原因の一つになっている可能性が示唆されています。このような,法律におけるルールと「暗黙のルール」との間の食い違いや「暗黙のルール」同士の食い違いは,使用貸借が終了するタイミングである「返還」時にもしばしば顕在化します。

法律上,当事者間で使用貸借の期間を取り決めた場合,定めた時期に借主は貸主に借りたものを返還しなくてはならず,返還の時期を定めなかった場合は使用目的に従った使用・収益が終わったときに,借主は借りたものを返還しなければなりません。また,使用・収益の目的を定めたにもかかわらず,借主が必要な時期が経過しても使用・収益を終了しない場合や,返還の期間を定めなかった場合などは,貸主の告知によって返還を請求することができます。

貸主の告知というのは,友人間での貸し借りであれば「前にあなたに貸した◯◯,そろそろ返して」と返還を催促する行為にあたります。しかし貸主は自分の当然の権利として貸したものの返還の請求をする場合でも,「若干悪びれて口実をもうけ言いわけをしてでないと,返してもらいたいとは言えない」といった心理的な抵抗が生じる可能性が指摘されています[1]。これに関しては,貸し借りしたものの性質や期間によって,実際に返却の催促がしづらくなる現象がある可能性が,日本,中国,韓国の保護者を対象とした調査からも示唆されています。

また,使用貸借では本来,借主は借りたものの所有権を取得することはできませんが,長期間借りたままの状態が続くことにより,借りた側は借りたものに対して「自分のもの」と思う程度が増加し,逆に貸した側は貸したものに対して「自分のもの」と思う程度が減少する可能性があることも,大学生を対象とした調査によって明らかにされています[2]

取得時効をめぐる「暗黙のルール」

「取得時効」は,所有の意思をもって平穏かつ公然と他人のものを占有した者は,その所有権を取得することができるという制度で(民法第162条),これにより本来自分の所有物ではないものを「自分のもの」にすることができます。時効になるまでの期間は場合によって異なっており,占有を開始した時点において自己のものであると信じ,そう信じるにつき無過失(善意かつ無過失)であれば10年間,占有を開始した時点において自己のものではないと知っているか,または過失によって知らない(悪意または有過失)のであれば,20年間の時効期間の経過により所有権を取得することができます。借りたものは「所有の意思をもって」する占有にはならないため,何年経過しても「時効」にはなりませんが,「暗黙のルール」上では貸し借りしたものであっても「時効」と判断され,所有の権利が移転したかのように感じてしまう可能性があることが,調査から示唆されています。

法学部以外の大学生187名を,貸主の気持ちを尋ねる群と借主の気持ちを尋ねる群の2群に分け,友人間でものや金銭を貸し借りした場合,どのくらいの期間が経過したら時効になると思うか,もしくはどんなに時間がたっても時効にはならないと思うかについて調査した結果,図1のような結果が得られました。この結果から,法律上は貸し借りしたものは取得時効にならないにもかかわらず,特にやりとりしたものが少額である場合,ある程度の時間が経過したら「時効になる」と考える大学生が多い可能性が示唆されています。

図1 「何年経っても時効にはならないと思う」人数
図1 「何年経っても時効にはならないと思う」人数
このうち,時効について「かなり詳しく知っている」は0名,「ある程度なら知っている」は53名,「言葉は聞いたことがあるが,内容については詳しくは知らない」が132名,「聞いたこともない」と無回答がそれぞれ1名であった。

また,貸し借りしたものをめぐる「暗黙のルール」においては,それが自己のものではないと知っていたか否かという要素もある程度考慮はされるものの,やりとりしたものの性質や,やりとりした相手との関係の方が時効の期間の長さや時効になるか否かを推測する上でより重視される傾向があることも明らかになっています。

おわりに

日本では2022年4月1日から民法の一部改正により成年年齢が引き下げられ,18歳から一人で有効な契約をすることができるようになりました。それに合わせて学校などでは未成年を対象として売買契約トラブルへの注意喚起などが行われているため,少なくとも学生間では「契約」に対する意識が以前より高まっていることが期待されています。しかし,今回ご紹介した友人間の使用貸借のように,一般にはまだあまり契約と認識されていないような「契約」については,まだそれほど注目が集まっているとは言い難いのが現状です。こうした,法と「暗黙のルール」との関係は,そもそもなぜそうした決まりがそのような内容で成立するに至ったのかということを考えたり,今後の法と社会との関係を考えたりする際のヒントを提供できる可能性もあるため,今後も身近なところから今後も少しずつ研究を進めていく必要があるのではないかと考えています。

文献

  • 1.川島武宜(1967)日本人の法意識.岩波書店
  • 2.小湊真衣(2011)法と心理,10,110–122.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はありません。

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