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私の出前授業
やる気なんてない?行動分析学を始めよう!
福田 実奈(ふくだ みな)
Profile─福田 実奈
同志社大学大学院心理学研究科博士課程(後期課程)修了。博士(心理学)。同大学特別任用助教を経て2019年より現職。専門は行動分析学,食行動の心理学。著書に『心理学からみた食べる行動』(分担執筆,北大路書房),『手を動かしながら学ぶ学習心理学』(分担執筆,朝倉書店)がある。
今日で夏休みが終わるのにまだ宿題が終わっていない。明日がテストなのにまだ教科書を開いてもいない。あと少しでピアノのレッスンに出かけなければいけないのにまだピアノの前に座れずにいる……。どれもこれも「やる気」が出ないからダメなんだ。こんなに切羽詰まっているのに「やる気」を出せないなんて自分はなんてダメな人間なんだ……と,このような経験が多かれ少なかれ皆さんにもあると思います。そんなあなたに聞いてほしいのが今からするお話です。少しの間,「心」について一緒に考えてみませんか。
心理学において「心」とは?
大体の心理学にとって「心」とは,「内側にあって行動を制御するもの[1]」です。身体の中のどこかに運転席があって,「心」という運転手が身体を操縦していると言えばイメージしやすいでしょうか。私たちは身の回りの出来事をそんな「心」で説明しようとします。なぜAさんは宿題をしないのか? それはやる気がないからです。なぜBさんはお年寄りに席を譲ったのか? それは親切だからです。Cさんはなぜノルマを達成できないのか? それは根性がないからです。
「心」による説明は堂々巡り
しかし,こんなに便利な「心」による説明には,決定的な落とし穴があるのです。それが循環論法の問題(図1)です。仮に,あなたは今日が締め切りの宿題をやっていないとしましょう。大人の方は今日が締め切りの原稿やノルマを思い浮かべてください。恐ろしいですね。そんな宿題をやっていないあなたに,誰かがこのように問いかけます。「なぜ宿題をやらないの?」。あなたはこう答えます。「やる気がないから」。その答えに対し,その誰かはさらに問いかけます。「なぜやる気がないと言えるの?」。それに対する答えは明白です。「宿題をやっていないから」。なるほど,ではあなたは「なぜ宿題をやらないの?」でしょうか。おや,最初の問いに戻ってきてしまいましたね。
問題解決に結びつかない「心」の説明
上記はよくある会話のように見えますが,なぜこのような堂々巡りになってしまうのでしょうか。それでは質問を少し変えてみましょう。「どうやったら宿題ができるようになる?」。上の例から考えると,「やる気を出せば」と答えるのが妥当でしょうか。ではさらにこう問いかけましょう。「どうやったらやる気が出せる?」。さあ,これにはどう答えればいいでしょうか。私たちの背中にやる気スイッチなるものがあって,手軽にオン・オフの操作ができればいいのですが,少なくとも私の背中にはありません。このように,問題の原因をふわっとした概念[2](ここでは「やる気がない」)に求めると,その原因を直接操作することができず,問題解決に結びつかないのです。また,やる気を出す方法について本気で考えて行くと,最終的には「あなたがやる気を出さないからダメなんでしょ!」と個人攻撃に陥ってしまいます。言うまでもなく,このような個人攻撃を行っても問題解決には結びつきません。
「心」では行動を説明できていない
そもそも以下の例は,原因を説明しているというより,行動の言い換えをしている,言わば行動[3]に「心」のラベルを貼って説明した気でいるだけなのです。
● 原因の説明(をしているように見える)- ・なぜ宿題をしないのか?→やる気がないから
- ・なぜお年寄りに席を譲るのか?→親切だから
- ・なぜノルマを達成できないのか?→根性がないから
- ・宿題をしていない=やる気がない
- ・お年寄りに席を譲る=親切だ
- ・ノルマを達成できていない=根性がない
行動分析学では環境を行動の原因と考える
さて,それでは行動分析学はこの問題をどう解決するのでしょうか? 行動分析学では,「心」ではなく,行動を予測したり制御したりすることができる「環境」を行動の原因と考えます。環境といわれてもピンとこないかもしれませんが,とりあえずはあなたの皮膚の外側すべてのことを指すと思っていただいて構いません。それでは早速,環境で原因を説明してみましょう。
● 宿題をしていない- ・(行動の言い換え:やる気がない)
- ・原因:宿題が難しい,やっても誰も見てくれない
- ・(行動の言い換え:親切心がある)
- ・原因:優先席に座っていた,譲ると感謝される
- ・(行動の言い換え:根性がない)
- ・原因:無理なノルマを課せられている,達成しても給料が上がらない
さてどうでしょう。行動の言い換え部分,つまり「心」の部分がなくても行動の原因を説明できるように思いませんか。もし行動を変えたいのならば,原因であると思われる環境を変えてみればよいのです。たとえば,宿題を適切な難易度に設定したり,宿題をやったら誰かが見てあげるようにしたりといったことです。これなら身体のどこかにあるかもしれないやる気スイッチを探してオンにするよりもずっと簡単そうですよね。
あなたが変えたいと思っている行動も,環境を操作することで変えられるかもしれません。さあ,あなたも今日から行動分析学を始めませんか?
文献・注
- 1.坂上貴之・井上雅彦(2018)行動分析学.有斐閣アルマ
- 2.正確には「仮説的構成概念」と呼ぶ。実際には存在しないが,存在させておくことでいろいろな現象を説明しやすくするので仮に存在させておくもののこと。
- 3.厳密には,「宿題をしない」などの否定系は死人テスト(否定系,受身系,状態で表現されるような,死人でもできることは行動ではないという定義方法)をパスしないので行動ではないのだが,ここではその問題は割愛する。
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