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あなたの周りの心理学

特殊詐欺対策に関する心理学ってありますか?

木村 敦
日本大学危機管理学部 教授

木村 敦(きむら あつし)

Profile─木村 敦
日本大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程修了。博士(心理学)。独立行政法人農研機構 食品総合研究所ポスドク,東京電機大学情報環境学部助教などを経て,2016年日本大学危機管理学部准教授,2022年より現職。専門は認知心理学,社会心理学。著書に『ポテンシャル社会心理学』『ポテンシャル心理学実験』(ともに分担執筆,サイエンス社)がある。

詐欺被害防止に関する心理学的研究の一つとして詐欺脆弱性認知(perception of vulnerability of scams)が挙げられます。詐欺脆弱性は詐欺に対する脆弱性,つまり「詐欺被害への遭いやすさ」です。その認知ということで,「自分がどの程度詐欺被害に遭いやすいと思うか」というリスク認知を指す用語です[1]。特殊詐欺の被害はピーク時よりは減少傾向にあるものの,2021(令和3)年度の認知件数は14,498件,被害額は282.0億円と,依然として高い水準にあります(図1)[2]。被害防止のための啓発やキャンペーンが多数行われているにもかかわらず被害が続く現状を読解し解決の糸口を探る上で,詐欺脆弱性認知の傾向についても把握することが大切です。

図1 特殊詐欺の認知件数と被害額の推移
図1 特殊詐欺の認知件数と被害額の推移
(文献[2]のデータをもとに筆者作成)

どのような傾向があるの?

皆さんの予想通りとか思いますが,多くの人は詐欺脆弱性認知が低い,すなわち自分の被害リスクを低く見積もる傾向があります。自己の被害リスクを同世代の平均的な他者の被害リスクよりも低く推定する「楽観バイアス」(optimism bias)が詐欺脆弱性認知にもはたらいているといえます。たとえば科学警察研究所を中心とする研究グループ(筆者も末席に加えていただきました)で実施した調査では,65歳から84歳までの高齢者を対象として特殊詐欺の脆弱性認知に関する楽観バイアスを測定しました(n=1,598)[3]。その結果が図2です。ご覧の通り,多くの高齢者が「他者と比べて自分は詐欺の被害に遭いにくい」と感じていることがわかります。

図2 高齢者の特殊詐欺に対する脆弱性認知における楽観バイアス得点
図2 高齢者の特殊詐欺に対する脆弱性認知における楽観バイアス得点[3]
「自分と同じ性別の同世代の人と比較して,自分は特殊詐欺の被害に遭う可能性が高いと思うか」について7件法(1:とても低い~7:とても高い)で回答を求め,楽観バイアスが強いほど得点が高くなるように変換したもの。正の値は自己リスクを他者リスクより低く評価したことを,ゼロは自他のリスクを同等と評価したことを,負の値は自己リスクを他者リスクより高く評価したことをそれぞれ表す。

なお,自己の被害リスクに対する楽観バイアスは頑健な現象であり,筆者らがこれまでに実施した多くの調査でも,高校生から後期高齢者に至るまで世代にかかわりなく確認されてきました。そのため大学の授業内のデモとして学生にその場で調査(たとえば学生をターゲットとした悪質勧誘を題材として自分と他の学生の被害リスクを比較させる)をして結果を即時表示する場合なども,だいたいいつも同じ傾向の結果が得られ,授業のネタとしては「予想通りの反応」が得られやすい現象です。しかし,実際の詐欺被害においても「予想通り楽観バイアスが生じていました」では困ります。そこで,「多くの人は自分は被害に遭わないと思っている」を前提とした防犯施策が求められます。

詐欺脆弱性認知を研究する意義は?

詐欺脆弱性認知が低い人は,自分のリスクを楽観視しており,ある意味「隙がある」わけですので,詐欺脆弱性認知を高めることで防犯行動を促すことができるかもしれません。実際,詐欺被害に遭った人の多くが「手口は知っていたがまさか自分が騙されるとは……」と仰っているのはご存じの通りです。なお,詐欺脆弱性にかかわる心理学特性には,他に抑うつ傾向やQOLなども指摘されています[4, 5]。ただし,これらの心理学的特性は,防犯の枠組みからは「介入が困難で,対象のセグメンテーションにも利用が困難な静的要因」[6]といえ,具体的な防犯施策に活用しにくい部分があります。一方で,詐欺脆弱性認知は防犯広報の工夫などの介入によってある程度の変容が期待できる動的要因であり,具体的な防犯活動への応用可能性の高い心理学的特性といえます[7]

今後の研究展開は?

前述の通り,これまでの研究により多くの人は詐欺脆弱性認知が低いことがわかってきました。そこで,どのような介入によって詐欺脆弱性認知を適切な水準に変容させることができるかがわかると,防犯の現場に活かせるようになります。特殊詐欺を題材にした研究ではありませんが,たとえば被害リスクの楽観バイアスには被害者に対するステレオタイプ的認知が影響するといった報告もあり[8],「典型的な被害者像」と自己との心理的距離を縮めることが有効かもしれません。関連して,啓発活動におけるピア・エデュケーション効果の可能性なども検討されています[9]。いずれにせよ,詐欺脆弱性認知の変容についての研究はまだ途上ですので,多くの心理学者がこの問題に関心を持ち,その成果が詐欺被害の減少に寄与していくことを期待しています。

文献

  • 1.大工泰裕・釘原直樹(2016)応用心理学研究,41,323–324.
  • 2.警察庁(2021)https://www.npa.go.jp/publications/statistics/sousa/sagi.html
  • 3.木村敦他(2023,印刷中)心理学研究,94.
  • 4.Lichtenberg, P. A. et al. (2016) Clin Gerontol, 39, 48–63.
  • 5.澁谷泰秀・渡部諭(2019)青森大学付属総合研究所紀要,20,30–38.
  • 6.島田貴仁(2020)犯罪学雑誌,86,110–119.
  • 7.木村敦(2022)危機管理学研究,6,98–115.
  • 8.山本真菜他(2020)日本大学文理学部人文科学研究所研究紀要,99,141–153.
  • 9.木村敦(2020)危機管理学研究,4,254–276.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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