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私のワークライフバランス
研究と育児のキョリ,その変遷
梶川 祥世(かじかわ さちよ)
Profile─梶川 祥世
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。学術博士。ブリティッシュコロンビア大学客員研究員。著書(分担執筆)に『こどもの音声』(コロナ社),『教えと学びを考える学習・発達論』(玉川大学出版部)など。
在外研究で海外滞在中の梶川祥世先生。子育ての中,対立していた“研究”と“育児”が協調関係へ,また,お子さまが研究への後押しをしてくれる存在へと,変化していった過去を振り返っていただきました。
私にとってのWLバランスの主役は,“研究”と“育児”です。第一子高校生(15歳),第二子小学生(10歳)となり,子育て半ばあたりまできたと感じる現時点で,これまでの生活と思いを振り返ってみたいと思います。研究と育児に対する私の気持ちの変遷が,子育て期の入り口に立たれた方のご参考になることがあれば幸いです。
第一子出産は,ポスドクとして大学の研究所に勤務していたときでした。仕事に復帰する前の半年間は育児にほぼ専念していたため,再び研究に携われるようになったことは大きな喜びでしたが,最初の年は子どもと自分が感染症にかかることが多く,早退や欠席を余儀なくされてばかりでした。会社員の夫は仕事が多忙で,休日や夜間の出勤もあり,母子二人で寂しく(案外のびのびと?)過ごしていた時間が印象に残っています。
この頃の研究と育児は,私にとって明確に分けるべきものでした。朝子どもを園に預けて背を向けるとポンとスイッチが切り替わり,仕事のことだけを考えます。集中を途切れさせないため研究室には子どもの写真を置かず,心の線引きをしていました。夕方慌ただしく子どもを迎えに行くと,もう研究について考える余裕はありません。このように気持ちを切り替えてそれぞれに集中することで,当時はストレスを相互に解消できていた気がします。
対立関係にあった研究と育児の距離感が変化してきたのは,第一子が2歳を過ぎた頃でした。私は乳幼児の言語発達を研究しているため,わが子との遊びから研究のヒントを得たり,作成中の実験を子どもと試したりして,育児の只中にいることが研究の助けになっていると感じることが出てきました。また教科書に書かれた乳幼児の成長過程を実際にたどった経験は(必ずしもその通りにはいきませんが),自分の研究姿勢に大きな影響を与えたと思います。
研究と育児の両立ができるのは,共同研究者を初めとする多くの方からのサポートをいただいているためと感謝しつつ,しかしそれに応える活動ができているのか,自分に問いかけることがしばしばありました。初めは,上手に時間を使いすばらしい成果を出している研究者の方々,先の教育まで考えてていねいに育児している保護者の方々の姿を目の当たりにしては,中途半端な自分を反省してばかりでした。やがて研究と育児の距離が縮むにつれ,研究者と保護者という二足のわらじを履いていることに意義を認めてもよいのではないかと少し気持ちが楽になってきました。たとえば,一般の方々に講演させていただいたり,実験や調査の際に保護者の方と話したりする際に,保護者目線を意識しながらトピックを選んだり,相手の話に同じ立場で共感できたりしたことは,発達心理学者として強みであったかもしれません。また,幼児・児童期の子どもどうしの世界について,わが子の意見を聞くことで考えをまとめたり発展させたりできるようになったのは,子どもたちがそれなりに成長してきてからの恩恵のようにも思います。
昨年在外研究の応募を迷っていた時に,「私は大丈夫だから,お母さんの好きなように仕事して」という第一子の言葉に背を押され,現在第二子のみ連れてカナダの大学で研究生活を送っています。子連れは一人よりも格段に手続きや作業の量が増え,研究に使える時間の自由度は狭まりますが,子どもの目を通して,異文化との出会い,学校教育の実際,さまざまな出身の友人との付き合い,言語習得の様子などを知ったことは,自分の世界観と知識を広げる助けとなり,今後の研究にも資するところがあるように思います。
第一子が生まれてから数年間は研究か育児かと構えていましたが,こうして振り返ってみると,ずっと育児が研究を後押ししてくれていたのかもしれません。園に迎えに行くと泣き顔でしがみついてきた子どもたちは,今や手厳しい指摘をくれるようになりましたが,将来は研究者になろうかなとふとつぶやいていたりして,そんな姿が研究へ向かう活力になっているのかもと思う今日この頃です。
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