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この人をたずねて

松田哲也 氏
玉川大学大学院脳科学研究科 教授

松田哲也 氏(まつだ てつや)

Profile─松田哲也 氏
2004年,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修了。博士(医学)。専門は認知神経科学。2015年より現職。日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」等プログラムオフィサーを兼任。共著論文にChildhood exercise predicts response inhibition in later life via changes in brain connectivity and structure (Neuroimage, 237, 118196, 2021)など。

松田先生へのインタビュー

インタビュアー:たていし わかば

─今どのような研究に取り組まれているかを教えてください。

現在は主に「人の社会性」をテーマにしており,社会性の中でも「環境適応性」に重点を置いて研究をしています。人間は自分一人で生きているわけではなく,他の人と関わりあって生きていますよね。その中で,同じ人とずっと一緒にいるわけではなく,時間が経てば,その過程で接する相手も,所属する集団も変わっていくので,その変化に伴って自身の行動,社会的ふるまいも変えていかなければならなくなります。このような環境の変化にどのように人が適応していくのかに興味があります。これまでは,人々が備える状況を読みとる力が着目され,人が相手の表情をどう認知しているのかといった点が主に議論されてきました。しかし,人々が集団や状況をどのように認識し,そうした認識のもとで自身の行動をどう潜在的に変化させているのかはまだ十分に議論されていません。人は常にこの集団ではこう行動しようと顕在的に考えているわけではなく,潜在的に環境に適応する自然なふるまいを生み出していると考えられます。これらをシステマティックに理解したいというのが私自身のモチベーションです。

─具体的に,どのような測定指標に着目しているのでしょうか。

MRIによる脳画像計測を主に行っていますが,行動実験,質問紙,生理指標などさまざまな計測を行い,それを統合的に解析することを目指しています。身体同期性もその一つです。人間は,相手と会話や協調運動を行っていると,無意識に身体的な同期が高まり,それによって相手に対する安心感や良い印象が生じるといわれています。これは,生まれたての乳児にもみられるといわれている現象です。私は潜在性,すなわち自分で制御できない部分に関心があるので,心拍や呼吸,脈波などを測定し,それらがどう同期していくかなどバイオロジカルな指標を主に測定しています。

─松田先生はご自身の研究で経済ゲームのような行動実験も行っていますが,このような実験状況の中の行動に関してはどのようにお考えでしょうか?

これはなんというかまだ夢に近いのですが,実験室における経済ゲーム実験の協力行動を生体信号をもとにした客観的指標で評価できないか,ということは考えています。実験室内で測定される行動は,日常生活ではどのような思考戦略での行動なのか,それらを潜在的な反応として取り出すことはできないのか。ウェアラブルな機器などを使って日常生活の中で測定するのも面白いと思いますが,実験室の中でも,人と人との関わりの中での自然な反応を抽出できないかなと考えています。

─私自身も経済ゲームを用いた研究をしていて,「実験室内で測定された行動は,一般的な協力行動といえるのか」という疑問や批判をたびたび耳にします。

そこは非常に難しいところで,科学とは何かという点に結果的につながっていくと思います。物事を客観的に,再現可能な形で捉えるのが科学ですよね。ただし,それを目指せば目指すほど日常から離れていく可能性があって。それが場合によっては人間の本質からどんどん離れていく可能性があります。これは,人文社会学系の学問全般にいえることだと思うのですが,人間性の本質から離れすぎずどう学問を活用していくのかは人文社会学系の学問が考えていかなければならない重要なテーマなのではないかと捉えています。このように社会と科学をどうつなげていくかの一つの方向性として,最近は基本的に科学というものをウェルビーイングにつなげるような形で活用するという考え方も主流になってきています。人間それぞれが幸せに暮らしていくために,科学技術をどう活用していくのか。その問いに対し,認知心理学や社会心理学,脳科学など複数の分野をあわせて総合知として活用しようというのは推進されてきている動きの一つです。

─「ウェルビーイングにつなげる」というのは,研究を通して得た知見を人々のウェルビーイングを向上させるために応用するところまで求められることを意味するのでしょうか?

「ウェルビーイングにつなげる」という話になると,直接どう社会に還元すべきか,という点ばかり重視されてしまうことが多いのですが,それだけが求められているわけではありません。あくまで基礎研究の知見としてのある心理メカニズムがウェルビーイングを考えるうえでの参考になるのであれば,十分,科学をウェルビーイングにつなげるという一つの形だと考えています。

─科学の活用は幅広く期待されているのですね。最後に,若手心理学者に対するメッセージをお願いします。

一番重要なのは,心理学者であるならこうあるべきと既定の枠で考えるのではなく,なぜ自分は研究者になりたいのか,何を研究したいのか,ということに立ち返って考えることだと思います。研究者として仕事をしていくのであれば,心理学を基盤の知識として,その枠におさまらずに研究を発展させていくことが必要だと思いますし,そういったことができる人がでてきてほしいと思います。

─学際的に研究を行う,ということでしょうか。

そうですね,ただ「学際性」の意味には注意が必要だと考えています。学際性というと,さまざまな分野の学問をまぜこぜにして新しい学問を作り出す,という風に捉えられがちです。私は,自分の主となる専門分野をしっかりとつくり,そのうえで他の領域の学問と組み合わせて自分の研究を発展,展開させていくことが学際性なのではないか,と考えています。

また,若いうちに色々なことを経験しておき,手法やアプローチ,知識を広げることも大事だと思います。たとえば,学会で自分の専門に近い研究発表だけを聞くのではなく,自分の専門とは少し異なる分野の話も聞いておくと,ゆくゆく役に立つことが多いものです。私自身も,院生時代に行った脳波実験や動物実験などのさまざまな経験が,結果的につながっていっていることを実感しています。これまでに身に着けた知識や経験の蓄えがあると,新しい試みをする際に点と点が結び付きやすくなります。そういった意味で,型にはまらず,いろいろな経験をしてみるのがよいのではないでしょうか。

インタビュアーの自己紹介

インタビュアー:たていし わかば

インタビューを終えて

今回のインタビューでは,松田先生ご自身の研究から,今後の科学をどう考えていくかというテーマまで幅広くお話を聞かせていただきました。日々研究をしていると,私は目の前の実験や論文執筆についつい追われてしまい,自分の日々の行いを俯瞰して考える機会が少なくなってしまいがちです。松田先生との対話は,「社会性とは何か」「科学とは何なのか」「なぜ自分は研究者になりたいのか」というような,自身の研究のバックグラウンドにある問いに対する自分の答えを考え直す時間となりました。紙幅の都合上取り上げることは叶いませんでしたが,留学時に実感したアメリカと日本の研究体制の違いについても興味深いお話がありました。東京医科歯科大学の藤原武男先生が主宰されているPodcast『不器用な研究者がホントに伝えたい話』(episode #47-50)において,松田先生が上記の留学時の経験や自身の研究歴について話されているので,詳細を知りたい方はぜひ。

現在の関心と研究テーマ

私は広く,人間社会における協力を成立させるメカニズムは何かという問いに関心を持ってきました。現在は主に「集団を越えた協力はいかにして達成されるのか」というテーマについて研究を行っています。人々が自分の所属している集団という枠を越えて,異なる集団の人や新規の他者と協力することは,高い不確実性を伴う行動であり,容易ではありません。では,いかなる要因があれば集団を越えた協力が促進されるのか,逆に何が協力の阻害要因となっているのか。これらのメカニズムを明らかにするために,経済ゲームを用いて人々の行動や他者に対する評価規則を検討する実験を行っています。加えて,社会全体における協力状態を考えるために,進化ゲーム理論を用いて,ある条件の下でどのように協力行動が進化していくのかを解析するモデル研究にも取り組んでいます。

Profile─たていし わかば
北海道大学文学院(行動科学専攻)博士後期課程。日本学術振興会特別研究員(DC1)。修士(社会心理学)。共著論文にReputation of those who cooperate beyond group boundaries (Letters on Evolutionary Behavioral Science, 12, 46–53, 2021) など。

たていし わかば

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