NZでのサバティカル生活
石盛 真徳(いしもり まさのり)
Profile─石盛 真徳
博士(人間科学)。専門は社会心理学,コミュニティ心理学。追手門学院大学准教授などを経て,2018年より現職。著書に『コミュニティ意識と地域情報化の社会心理学』(単著,ナカニシヤ出版)など。
2022年5月よりニュージーランド(以下,NZ)のハミルトンにあるワイカト大学の心理学科に客員研究員として滞在しています。ハミルトンはNZ第4の都市ですが人口は20万人に満たず,日本の小さな県庁所在地ほどの規模です。近年のNZでは政策としてマオリの文化をより尊重する傾向にあります。それは例えば,マオリ語でNZを表すアオテアロア(AOTEAROA)を国名に追加しようという動きや,マタリキというマオリの新年の祝いが2022年から国の祝日に追加されたことに表れています。ワイカト大学にはマオリと先住民の研究センターがあります。ワイカト大学でお世話になっている環境心理学を専門とするミルフォント教授の研究室は,実は私が研究室を割り当ててもらったハミルトンから東へ100kmほど離れた海沿いの街タウランガの大学キャンパスにあります。学期中はキャンパス間に無料のシャトルバスが運行されているので1時間半ほどで移動できます。ビーチリゾートの街のタウランガをたまに訪問するのはよい気分転換になります。
滞在開始が5月という中途半端な時期になったのは,コロナ禍でNZが一般の外国人の入国を制限していたためです。5月に国境の往来が再開されてすぐに渡航したのですが,ビザ申請受付は再開されていませんでした。そのため期間の上限が3か月であるビザ免除渡航による滞在となりました。長期滞在者のビザがないとNZで銀行口座が開設できず,それに紐づけるEFTPOSという電子決済システムが利用できないというのが生活でやや困る点です。もちろん普通のクレジットカードが利用できる店も多いのですが,持ち帰り専門店などには手数料負担の問題からEFTPOSのみ利用可の場合が結構あります。渡航後は屋内でのマスク着用が大学でも7月末まで義務付けられていた以外,行動制限といったものは特にありませんでした。
研究面では「自然保護活動への市民ボランティアの貢献について」をメインテーマとして取り組んでいます。ハミルトンでは街を歩くと,日本に比べるとかなり余裕のある敷地を持った一戸建て住宅の庭にたくさんの樹が植えられ,また街路樹の枝ぶりも見事で,とても緑豊かな状況が見受けられます。街中に青々とした芝生が広がる大きな公園も多数あります。しかしながら,ヨーロッパ人の移入以前のNZ本来の生態という観点からすると,自然保護区以外には元の植生はほとんど残っていません。都市開発エリア外のワイカト地方に目を向けると,酪農が産業の中心なので緑豊かな牧草地が広がりますが,それらもNZ本来の自然ではありません。私は生態復元を専門とするワイカト大学のクラークソン教授のアドバイスを受けて植樹祭というイベントやいくつかの自然保護区でのボランティア活動に参加しつつ,国内の様々な保護区の状況を見学しています。主にボランティア活動をしているのは,A J シーリー・ガリーという市内の小規模な自然保護区です。ガリー(Gully)は雨裂と日本語に訳されますが,あまり利用価値のない小川沿いの溝と崖からなる土地です。そのようなガリーの植生を復元し,ネットワーク的につなげて動植物の種の多様性確保に必要とされる10%の緑地を都市内部に確保しようというのがハミルトン市の計画です。その小さな保護区は,元は牧場として利用されていた土地を,A J シーリーさんという個人が買い取り,60年にわたる地道な取り組みによって,本来の植生を回復させたものです。その活動を現在はハミルトン市と地元ボランティアが引き継ぎ,さらなる植生回復に向けた活動を行っています。NZにはトゥイ(Tui)という特徴的なメロディーで鳴く固有種の鳥がいるのですが,その保護区はトゥイも含めた鳥たちの楽園になっています。それら鳥たちの鳴き声を聞きながら,保護区の斜面にへばりついて,外来種の雑草を除去しつつ,ボランティア参加者たちの話を聞いて自然保護への人々の貢献について考えています。
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