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こころの測り方

感情測定の難しさ

産業技術総合研究所 人間情報インタラクション研究部門 研究グループ長

木村 健太(きむら けんた)

Profile─木村 健太
専門は感情心理学。2008年名古屋大学にて博士(心理学)取得後,日本学術振興会特別研究員,関西学院大学応用心理科学研究センター博士研究員を経て2014年より現所属。近刊に「デジタル技術による感情研究の拡張:社会実装の可能性と課題」エモーション・スタディーズ.

「自動車の運転をしている人の緊張を測定するにはどうしたらいいでしょう?」「掃除をしている人の楽しさは脳波で計測できますか?」。民間企業と連携して応用研究を行うことの多い筆者の組織では,最初の打ち合わせで企業の担当者の方からこのような相談を受けることがよくあります。感情を測定することで,よりよい製品やサービスを開発することが実社会で求められていることを感じつつ,このような相談に明確に答えることが難しいなと感じます。それというのも,緊張や楽しさといった感情を測定するための唯一無二の指標はいまのところ確立されているとは言えず,独特の難しさがあるためです。ここでは,筆者の専門とする心理生理学的な感情の測定アプローチを中心としながらも,感情の測定全般に関わる難しさについて述べていきたいと思います。

感情を測定する方法

ヒトの感情を測定したいと考えたとき,3つの指標を使って測定します。それは,①主観指標,②行動指標,③生理指標です。主観指標は,質問紙などによる言語を介した主観的な感情経験の自己報告で,「嬉しい」「悲しい」といった感情語について当てはまる程度を評定する方法がよく使用されます。行動指標は,反応時間から表情,視線,姿勢,しぐさ,声色まで,非言語的に表出される行動全般を指します。筆者の専門とする生理指標は,その名のとおりヒトの生理的活動をものさしとするものです。「胸がドキドキする」「手に汗握る」といった言葉で表されることもありますが,感情が生じたときにはそれに伴って生理的な変化が生じることが多く,それを測定するものです。心拍数や精神性の発汗といった自律神経系の活動がよく使用されますが,それ以外にも脳の神経活動(fMRIなど),唾液や血液中のホルモンも用いられます。感情の測定では,これら3つの指標を組み合わせることが多いのですが,それは感情が主観的経験,表出される行動,生理学的活動を伴う多次元的な現象であるという考えに基づいています。たとえば,「恐怖」という感情は,捕食者から逃げるための適応行動と結びついていて,この行動を可能にするために血圧の増加などの生理的な変化が生じると考えます。このように,感情は進化の過程で形成されてきたものだという考えから,一つの指標だけではなく多角的に測定することが推奨される傾向にあります。

感情測定はなぜ難しいのか

では,これらの3つの指標を測定すれば感情を測ることかできるかというと,実はそれほど単純ではありません。それは,感情とこれらの指標との関係性が状況や文脈によって異なるためです。ストレスなどのネガティブな感情は心臓のドキドキ,つまり心拍数の増加と結びついているイメージがないでしょうか。しかし,実際には決してそんなことはなく,ネガティブな感情の生起が心拍数の変化には反映されない場合や心拍数の低下を伴うことさえあります。行動指標も同様です。ネガティブな感情の生起は眉間にしわがよった表情の表出(皺眉筋の活動増加)を伴うことが知られていますが,同一の表情は感動などポジティブな感情を誘発することでも生じます。つまり,主観・行動・生理という3つの指標の関係性は,実はそれほど強固なものではなく,感情の誘発の方法や研究対象者の特性(たとえば,性差)により変わりうるということです。

たとえば,筆者らは,映像を刺激として感動を誘発して,その際の心拍数や汗腺活動といった生理指標を計測する研究を実施しています[1]。従来,音楽や詩といった聴覚刺激を用いて感動を誘発する際は心拍数の上昇を伴うことが知られていました[2]。しかし,筆者らの研究では,感動の誘発時に心拍数がむしろ減衰することを観察しました。心拍数などの自律神経系の活動は感情だけで動くわけではなく,たとえば注意などの認知機能とも密接に結びついています。このため,この結果の不一致は,映像が視覚と聴覚の多感覚にまたがる複雑な情報処理を必要とすること,映像は物語性があり自然と注意をひくことといった,刺激の情報処理のプロセスの違いを反映していると考えられます。同様に,感情を誘発する方法によって,主観的な感情と行動・生理指標の関係性が異なることがいろいろな研究で指摘されています[3]。これは,自律神経系に限定した話ではなく,fMRIなどを用いて脳活動の計測を行っても,主観的な感情と脳活動との間に明確な関連性がみられないことが近年のメタ分析で指摘されています[4]。実は,主観的な感情と行動・生理指標との間に関連性があるのかどうかは,感情研究におけるホットトピックとして現在議論されているところですが,いろいろ計測したとしても簡単に感情を測定できるわけではないことをご理解いただけるでしょう。

刺激データセットによる感情測定

感情と指標の間に確固とした関係性がないことから,対象とする感情が確実に誘発されていることを確認した上で,各指標の振る舞いを調べる必要があります。これには,実験心理学的な手法を用いることで,厳密に実験環境を統制し,感情誘発条件を統制条件と比較した上で測定する方法があります。この方法である程度の成果を収めているのが,International Affective Picture System(IAPS)やOpen Affective Standardized Image Set(OASIS)に代表される感情誘発画像データセットを用いた研究です。これらのデータセットは,銃や赤ちゃんの画像などさまざまな画像により構成され,各画像によって生起する快や不快の程度,覚醒の程度を事前に把握することで標準化されています。このため,たとえば快の度合いの高い画像と低い画像を選び各画像に対して生起する感情反応を計測することで,同じ視覚モダリティにおける快感情の測定が可能になります。このような感情誘発刺激データセットは,画像だけではなく音声のデータセット(International Affective Digitized Sounds: IADS)や映像のデータセットも公開されています。近年では,YouTube等によりデジタルメディアの収集が容易になったことから,感情誘発映像のデータセットもアジア人に特化したものや畏怖のような混合感情を対象としたものなど,さまざまなデータセットの標準化が進んでいます。もちろん,研究対象としたい感情を含むデータセットがない場合もあるでしょうが,そのときは自分でデータセットを作成することもできます。このように,感情を誘発するためのデータセットを用いることで,状況や文脈,刺激の種類をできるだけ統制した上で,標的とする感情の誘発と測定ができます。ただ,このような方法の短所は,研究の対象者が感情を誘発する刺激に対して受動的なことです。たとえば,映像を刺激として用いる実験などでは,実験の対象者は椅子に座って呈示される映像をただ眺めるだけです。このような方法では,日常生活中の個人のように外環境とダイナミックに相互作用する中で生じるような感情を測定することはできません。

感情研究の展開

これに対して,近年の技術的発展により,外環境と相互作用するような生態学的な妥当性の高い状況で感情を測定しようという試みがなされています。たとえば,実車を運転しているドライバーの脳波や眼球運動からドライバーの心理状態を計測したり,腕時計型のウェアラブルデバイスを用いることで日常生活中の活動量や脈拍数を計測したり,以前より安価かつ簡便に日常生活状況における各種指標の計測ができるようになりました。このような生体計測機器の進歩に加えて,感情を誘発する方法の側でも新しい展開があります。たとえば,ヒトの自然な振る舞いとそれに関連する感情を研究するのにVRが有用だという提案があります[5]。実験的に統制されていながら生態学的な妥当性の高い環境をVR空間で構築し,行動の時系列変化や脳活動を測定することで,脅威の予期から他個体との協調まで感情に関わる行動のダイナミクスを明らかにするというアイデアです。これらの技術的な発展が感情測定における限界を突破するものとして利活用できるかは現状では分かりませんが,今後の有力な方法論の一つになるのではないでしょうか。

今回,感情の測定全般の難しさについて,筆者の専門とする生理指標を用いたアプローチを中心に述べてきました。感情の測定の難しさにばかり焦点を当ててしまいましたが,感情の測定は他分野からの技術流入で新しい局面を迎えているように思います。このような他分野の技術の流入が,感情研究をどのように変えていくのか,筆者自身も今後の展開を楽しみにしているところです。感情研究が他分野の技術と融合して新たな展開を迎えることで,実社会における感情測定への期待に応えることもできるかもしれません。感情の測定に興味のある方は,ぜひ,感情研究の今後の動向にご注目下さい。

文献

  • 1.Kimura, K. et al. (2019) Front Psychol, 10, 1935.
  • 2.Wassiliwizky, E. et al. (2017) Soc Cogn Affect Neurosci, 12, 1229–1240.
  • 3.McGinley, J. J., & Friedman, B. H. (2017) Int J Psychophysiol, 118, 48–57.
  • 4.Lindquist, K. A. et al. (2012) Behav Brain Sci, 35(3), 121.
  • 5.Mobbs, D. et al. (2021) Neuron, 109, 2224–2238.

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