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  5. ウェルビーイングのためのアート&デザイン─医療・福祉における芸術の活用

Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

ウェルビーイングのためのアート&デザイン─医療・福祉における芸術の活用

宮坂 真紀子
北里大学医療衛生学部 特別研究員

宮坂 真紀子(みやさか まきこ)

Profile─宮坂 真紀子
女子美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(美術)。2022年より現職。専門は美術,芸術心理学。本研究の他にもSTEAM教育やアートエデュケーション等の研究も行っている。

Arts in Health

近年,新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を経て以前にも増して健康について多角的な議論が行われるようになった。WHOは世界保健機関憲章(1948)において,健康について以下のように定義している。

“健康とは,病気ではないとか,弱っていないということではなく,肉体的にも,精神的にも,そして社会的にも,すべてが満たされた状態にあることをいいます[1]。”

このような定義に基づき,全人的な意味での医療・福祉を実現するためのアプローチの一つとしてアート&デザインの活用が進んでいる。2021年にはWHOとメトロポリタン美術館が協力してThe Future is Unwritten - Healing Arts Symposiumを開催した[2]。このシンポジウムではメンタルヘルスに焦点が当てられ,芸術を活用した実践的な試みやエビデンスが報告された。このように国や文化,経済的な状況などが様々に異なる人々がウェルビーイングを目指し,人とのつながりや受容的な環境を作り上げていくために芸術を活用する動向[3]は,芸術療法とは異なるかたちで発展してきている。

今から160年以上前にF・ナイチンゲールが記した『看護覚え書』(1859)には,日常を彩る視覚的な変化が感じられる環境が患者の回復を早めるという知見が示されており,それは1984年にR・S・アルリッヒによって証明された[4]。この研究を皮切りに欧米では患者の気持ちに寄り添うような環境づくりが積極的に実施されるようになった。日本では1989年に大村智が「絵のある病院」として北里メディカルセンターを開設し,1992年には女子美術大学のヒーリングアート・プロジェクトによって大学と医療・福祉施設との共同制作という形式がはじまり,現在でも様々なアート活動が実施されている。

アート&デザインプロジェクト

医療・福祉施設におけるアートというと,壁に飾られた油絵のイメージが強い。しかしながら,筆者が実施しているアート&デザインプロジェクトは,医療施設のスタッフとゼロから共に考え,現場の視点でそこに関わる「ひと・もの・こと」を見つめ直し,“誰もが健康になるための場所”としてその環境をより効果的に活用するためにアートやデザインを取り入れてウェルビーイングを高めることを目指している。プロジェクトでは,医療現場での問題や解決すべき課題に関する対話を重視することで,職員も一人の施設利用者として,日常で気になっていたことや目についたことを言葉にして共有し,患者満足度や職場満足度などにもつながる重要な視点で環境を見直す機会を創出している。人のこころに寄り添いながら,医療・福祉という機能を最大限に発揮するためのアートやデザインを考えていくには,患者・家族だけではなく,そこで多くの時間を過ごすスタッフの声に耳を傾けなくては始まらない。すなわち,アート&デザインプロジェクトとは絵を描くことが目的ではなく,創造的に考え,機能的にデザインするというプロジェクトなのである。そこでの開かれた対話によって,自分たちがどのような医療を提供したいのかというビジョンが明確になり,自ずと本質的な意味での医療の質の改善につながっていくという構図である。その中での私の仕事は,対話を促すファシリテーターとしての役割はもちろんのこと,遊び心を刺激する仕掛けを考えたり,美しさと機能の両立のような付加価値を生み出したりすることである。そして,プロジェクトの参画者やその他の施設利用者の気持ちの変化と行動を分析し,エビデンスとして記録することである。

このように,医療・福祉におけるアートやデザインの活用は様々な効果が確認されているものの,複数の要因が影響しているため因果関係を証明するのは簡単ではない。したがって,一つ一つの事例研究を丁寧に積み重ねて体系化していくことが求められている。

文献

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