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脳科学の領域から─生理心理学再訪

檀 一平太
中央大学理工学部 人間総合理工学科 教授

檀 一平太(だん いっぺいた)

Profile─檀 一平太
主な専門はfNIRS脳機能イメージングの医療応用と消費者心理学応用。その過程で生理心理学の有用性に気づき,現在,マルチモーダル計測を模索中。

生理心理学は人間の心と体の関係を明らかにするという心理学の一分野である。たとえば,緊張したときにかく「冷や汗」は,精神的な緊張による交感神経活動の高まりが皮膚の汗腺を刺激して生じた汗である。このような生理反応は皮膚電位を測ることによって定量化できる。生理心理学の計測対象は皮膚電位以外にも心電位,筋電位,皮膚血流,呼吸,血圧,瞳孔径などさまざまである。身体的な生理反応の計測だけでなく,脳波計,fNIRS(近赤外分光分析法),脳磁計,fMRI(機能的核磁気共鳴撮像法)などを用いて脳の反応を計測する場合もある。

実は,生理心理学では地味な技術的革新が進行中である。私が20年前にfNIRS脳機能イメージングを始めた頃,生理心理学的な計測はとにかく難しかった。当時はセンサーとアンプが別になった受動電極によるシステムしかなく,ノイズによく悩まされた。ところが半導体技術の進歩により,センサーとアンプが一体になった能動電極の普及が進んできた。これによって,環境ノイズの影響が激減し,皮膚電位,筋電位,心電位,脳波などの計測が格段にしやすくなった。もっとも,熟練研究者は受動電極システムでも巧みに計測を行える技を持っていたので,あまり能動電極の恩恵は感じていないかもしれないが,私のようなライトユーザーにとっては,劇的な技術革新といえる。

心理学に興味を持つ方々にとって,生理心理学的計測としてまず思い浮かぶのは,犯罪捜査におけるポリグラフ検査であろう。これは,皮膚電位,心電位,呼吸,皮膚血流など複数の生理心理指標を組み合わせて,犯罪容疑者の心理状態を探るという手法である。本誌でも,警察庁科学警察研究所や各県の科学捜査研究所の仕事として,犯罪捜査にポリグラフ検査が用いられていることが述べられている(64号「犯罪捜査を支援する」2014年,68号「科捜研で働く」2015年,73号「犯罪捜査のための心理学」2016年)。

一方で,近年,犯罪捜査における心理学の活用がポリグラフ検査から犯罪者の心理学的なプロファイリングへと変化しつつあるというトレンドについて越智啓太氏が解説している(51号「犯罪捜査の心理学の現在と今後」2010年)。たしかに,生理心理学的計測における技術革新はあるものの,ポリグラフ検査自体の本質にはあまり変化がないという面はある。日進月歩の脳機能イメージング法などと比べると,すでに確立した要素の多い生理心理学的計測に劇的な発展は期待しにくいかもしれない。

こういった経緯もあるのか,本誌で生理心理学的計測が取り上げられることは少ないが,近年盛んになりつつある社会的文脈に関する研究で生理心理学的計測を有効活用した例を廣田昭久氏が紹介している(84号「なぜ顔が赤くなるのか」2019年)。その秀逸さの本質は,生理心理学の一つの側面である「生理学」を重視している点である。ここで取り上げた手法はレーザードップラー血流計による皮膚血流量変化の計測である。これを,驚愕を伴うビデオという心理的刺激への応答評価に適用した。この種の研究は,皮膚血流量が上がったか下がったかという単純な議論にとどまりがちだが,廣田氏は顔面における血管の配向やそれぞれの血管が受ける交感・副交感神経支配の差,さらにはホルモン分泌による液性の血管拡張も考慮した上で,一歩踏み込んだ議論を展開している。

心理学研究はとかく生体の反応という現象をブラックボックスにしがちであるが,廣田の論考は,心の作用する場としての体を生理学と解剖学の観点からとらえることの重要性を,あらためて気づかせてくれる。心と体という不可分の関係を探るという生理心理学の本質を理解する上で,重要な視座が得られる記事である。

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