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哲学の領域から─道徳心理学について考える

鈴木 真
名古屋大学大学院 人文学研究科 准教授

鈴木 真(すずき まこと)

Profile─鈴木 真
専門は哲学・倫理学。PhD (Philosophy)。著書に『実験哲学入門』(分担執筆,勁草書房),『ソーシャルワークのための「教育学」』(分担執筆,あいり出版)など。

哲学の関心は,常識的な行為者像の正確さ,価値(概念)や道徳(判断)の機能,研究方法論,観察不能な理論的対象とその概念の位置づけ等,多岐にわたる。『心理学ワールド』を読むと,心理学もこうした問いに関連していると感じられる。上原俊介氏「正しさに潜む『義』と『偽』」(98号,2022年)と,唐沢穣氏「集団間関係と多文化共生社会の実現」(97号,2022年)という,非常に興味深い記事をみてみよう。

上原氏の記事では,拉致行為に対する「義憤」が,「公正への敏感さ」とは独立に,被害者が自国民か否かで左右されるという実験結果が示され,これが実は自己利益により影響された私憤なのではないかと解釈される。そのうえで,コインフリップ課題の結果を紹介しつつ,この現象が「道徳的偽善」という一般的な傾向の現れであると示唆する。結びとして,道徳に誠実な仕方で動機づけられる人が本当にいるのか,という刺激的な問いを心理学で検討することが提起されている。

利己的で非道徳的な人間像は,思想史上では散見されるものだが,上記のような実証研究には,日常的な人間像を真に揺るがし,人間に期待できる道徳的性格や行為への現実的制約を示唆するポテンシャルがあり,哲学的にも意義深い。一方で方法論上の懸念はある。自国民か否かで左右される感情を「義憤」でなく「私憤」と捉えることは,忠誠のような偏愛的なものを否定する公平性重視の実質的な倫理的基準を前提しているようにみえる。またこの研究の解釈が,集団的な利益の追求と自己利益の追求を同一視しているようにも見えること(自国民への偏向は,むしろ内集団・外集団バイアスの影響とみてはどうか),「義憤」「私憤」,あるいはより一般的に「憤り」といった情動カテゴリが見えない因子として存在してそれが質問紙の回答で測れると想定しているようにみえること(情動カテゴリの社会的構成主義や,自己報告への疑念を,脇においてよいのか)については,少し気になった。

唐沢氏の記事は,多様な人々が共生できる社会を築くために心理学は何が提言できるか,という実践的な問いから始まる。相互理解と共生には,道徳判断がもたらす影響の理解が重要であり,この主題の学際的な検討に加わることが一つの答える途だと示唆される。道徳判断には通常,普遍的価値として多くの人が共有しているという期待が伴い,この判断を確信する場合には,同意しない人々を悪とみなし,非難や攻撃を先鋭化させる傾向がある。例えば移民に対する嫌悪にも,上の様な道徳判断の影響が考えられる。唐沢氏らの研究事例としては,日本では保守かリベラルかに関する自己評定よりも,文化的ナショナリズム,優越的ナショナリズム,愛国心,国際主義といった下位因子で構成される国民意識のほうが,ジェンダー,移民,軍事,原子力発電,環境問題といった争点に関する回答を予測する,という結果が紹介されている。これは,保守・リベラルの意味づけに関する,日本と欧米の差異を示していると解釈されている。

「保守とリベラル」あるいは「右と左」という表現の意味からして,その対立の内実が文化に相対的なのは予想されることだろうが,国民意識の影響の強さが示されたことは,先の上原氏の記事とも相まって,印象的である。ただ上原氏が道徳判断からの動機づけを疑う方向の検討を促すのに対し,唐沢氏のモデルはむしろその強さを前提しているようにみえる。道徳判断の因果的効力は,哲学上でも争点になるところで,大変興味深い。また唐沢氏が,道徳判断を下す際に普遍妥当性の想定が伴うとみているところは,多くの哲学者の考えとは近いものの,実験哲学の研究ではそれに疑問を投げかける結果も出ている(たとえば『実験哲学入門』勁草書房,第7章を参照)。この前提の成否の検討も,心理学と実験哲学の協働によって進むことを期待したい。

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