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計算社会科学の領域から

笹原 和俊
東京工業大学 環境・社会理工学院 准教授

笹原 和俊(ささはら かずとし)

Profile─笹原 和俊
2005年,東京大学大学院総合文化研究科修了。博士(学術)。2020年より現職。専門は計算社会科学。著書に『フェイクニュースを科学する』(単著,化学同人)など。

2022年時点で,全世界のインターネット利用者は52億人と推定されている。世界の総人口の65%が,オンラインでやりとりができる時代が到来し,インターネットは世界共通のコミュニケーション基盤になった。『心理学ワールド』では,心とインターネットの関係に関してどのようなことが話題にされてきたのだろうか。それを調べるために,タイトルに「ネット」という言葉を含む記事を検索したところ,51号以降では9つが該当した。その中から2つを紹介したい。

59号(2012年)では,小特集「インターネットを用いた心理的介入」が組まれ,カウンセリングや心理療法にインターネットを活用しようという試みが紹介された。2012年といえば,iPadなどのタブレット端末が普及し始めた頃である。同小特集の記事の1つ,富家直明氏「臨床心理サービスのインターネット活用と地方のこれから」では,当時の遠隔コミュニケーションの主流だったテレビ会議システムで,通信量の多い時間帯は音声が途切れがちになるなどの現場の問題が紹介されている。都市部であればカウンセラーも多く,心に問題がある人はカウンセリングが比較的受けやすい。しかし,地方やへき地では,カウンセリングに通うのにも時間とお金がかかる。そうした物理的問題を解決する上でも,インターネットを活用したカウンセリングが望まれていた。そんな当時の状況が描かれている。

期せずして,新型コロナのパンデミックによって,職場はもちろん,学校や家庭にもブロードバンドやIoTが普及し,Zoomなどの簡易ツールを用いた遠隔カウンセリングも広まり始めている。しかし,オンラインが当たり前になった時代だからこそ,当時どのような点が問題とされていたのかを温故知新的に知り,適切な心理的介入を行うために,本記事は有用である。

91号(2020年)では,小特集「インターネットとゲームへの依存」が組まれ,インターネット依存の実態や立ち直るためのプログラムなどが紹介された。2020年といえば新型コロナのパンデミックが発生した年で,「ステイホーム」というコロナ対策スローガンもあり,私たちは生活のさまざまな部分をオンラインに切り替えざるを得なかった時期である。

同小特集の松﨑泰氏・川島隆太氏「ネットとゲームへの依存が脳に及ぼす影響」は,インターネットを長時間にわたって利用し続けると,脳の報酬系や認知機能に関わる領域に悪影響が及ぶ可能性を指摘している。特にゲームでは,時間が増加することで線条体付近や言語関連領域で白質と呼ばれる中枢神経組織がまばらになると報告されている。インターネットの使い過ぎは,脳そして心にもダメージを与える可能性がある。

コロナ禍になり,SNS(交流サイト)で不幸なニュースをずっと探してしまうドゥーム・スクローリングが一時問題になったが,現実に背を向けてネットを彷徨い続けることによって,日常生活に支障をきたす構造は類似している。インターネットの習慣から依存に至るまでに,どのようにして行動習慣が変容し,脳の構造に影響が及ぶのかに関して,今後の脳神経科学の研究の進展が待たれる。本記事を読むことで,2020年時点での見通しが得られるだろう。

ここで取り上げた記事は,心とインターネットの関係について,「心の不調をケアするためのインターネット」と「心の不調を引き起こすインターネット」という2つの側面を扱っている。デジタル社会の現在,インターネットは社会基盤であり,拡張された身体の一部でもある。今後,SNSやメタバース(仮想空間)の普及によって,対面以外のつながりや交流がますます増えていくと予想される。10年後に振り返った時,心とインターネットの関係はどのように変化しているだろうか。

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