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ジェンダーの統計学から

髙松 里江
立命館大学 総合心理学部 准教授

髙松 里江(たかまつ りえ)

Profile─髙松 里江
大阪大学人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。日本学術振興会特別研究員(DC2),大阪大学人間科学研究科助教を経て現職。専門は社会学。

私は心理学系の学部でジェンダー心理学や統計学の授業を担当している。ジェンダー心理学の授業では学生からコメントをもらうことも多く,ジェンダーステレオタイプをもつケースにしばしば直面する。たとえば,「男性のほうが〇〇,女性のほうが〇〇」という言説を安易に受け入れていることがある。

これに関して,『心理学ワールド』96号「社会における心理学の誤用とどう向き合うか」(四本裕子氏,2022年)を興味深く拝読した。「社会における心理学の誤用」は学生においても生じうるものに思われる。たとえば,テレビやインターネットの記事などでは「男性脳・女性脳」といった説明によって,ジェンダーステレオタイプが生産されている。ただし,科学的な根拠がないものについては,ただの言説だとして理解をすればよい。

ところが,科学的な根拠を伴って発表される性差があり,これを判断するには「心理学リテラシー」が必要となる。とりわけ,統計学によって「裏付け」された研究成果には注意が必要である。68号では特集「その心理学信じていいですか?」が組まれ,心理学研究がこれまで使ってきた統計的手法の課題と展開が,また「統計的に有意?─帰無仮説検定でわかること・わからないこと」(大久保街亜氏,2015年)では有意性検定の課題が紹介された。研究において統計的検定はよく用いられており,「5%」や「1%」というあたかも正当な基準により運用されているように見える。しかしながら,性差研究でも,統計的検定により有意な差がみられたとしても,その差はあまりにも小さく実質的な意味がほとんどない場合もある。また,96号「社会における心理学の誤用とどう向き合うか」においても指摘されるように,統計的な検定によって性差がみられたからといって「女性」と「男性」が全く異なる特徴をもつわけではない。分布を確認すれば,多くの者は同程度である場合もある。

以上のように,「心理学の誤用」はジェンダー心理学とその教育において重要な関心である。それでは「学生による心理学の誤用」を生まないために何が必要となるだろうか。この領域の問題をまとめたカプランら[1]を参考に三点述べる。

第一に,心理学が誤用された例や歴史を学ぶことは有益であろう。ジェンダー心理学に関していえば,科学的手続きが研究者の偏見から自由ではないこと,それにより心理学が誤用される可能性があることを理解しておく必要がある。学生もまた,自身の研究によって差別に加担しうることを理解し,慎重に心理学の研究発表をおこなう姿勢が必要である。

第二に,統計学や研究計画に対する理解を深めることが重要である。統計的検定や統計解析を十分に理解するためには時間がかかるが,統計ユーザーであっても統計学の課題や限界を理解することは重要である。また,統計学だけではなく,性差に関わるバイアスが極力生じないように,研究計画全体についての深い理解も求められる。

第三に研究によって明らかになった性差を,生物的,生得的なものとして解釈をすることには慎重であるべきだろう。性差がみられたときにそれを生得的なものとみなすこと,さらには,固定的で変えられないものとして解釈することは非常に危険である。現在の社会でみられる性差は環境に大きく依存するものである。人間はさまざまな環境や経験によって変わることが可能であり,こうしたことも心理学の豊かな研究が示してきた通りである。

  • 1.Caplan, P. J., & Caplan, J. B. (2009) Thinking critically about research on sex and gender (3rd ed.). Pearson Allyn and Bacon.[カプラン,カプラン/森永康子(訳) (2010) 認知や行動に性差はあるのか.北大路書房.]

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