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(行動)経済学の領域から

森 知晴
立命館大学 総合心理学部 准教授

森 知晴(もり ともはる)

Profile─森 知晴
大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は行動経済学。著書に『経済論文の書き方』(分担執筆,日本評論社)など。

筆者は行動経済学を専門とする経済学者であるが,縁あって現在は心理学部に職を頂いている。行動経済学という心理学の隣接領域を専門とするものの,2017年に現職に着任するまでは,心理学との関わりはとても少なかった。日本心理学会には2019年に入会し,同年の第83回大会では実行委員を務め,招待講演「行動経済学がつなぐ心理学と経済学」を開催した[1]。また,学部で心理統計を教えていた関係で,教育研究委員会の心理統計法標準カリキュラム作成小委員会の委員を現在務めている。

日本心理学会と日本経済学会は,同じ学会とは思えないほど多くの違いがある。私の印象では,日本経済学会の活動は,最近はアウトリーチ活動が増えているものの,研究活動に特化している(これはこれで一つのあり方だと思う)。年次大会(春・秋の年2回)でおこなわれるのは大半がオリジナルの研究報告であり,企画セッションやシンポジウムは少数である。機関誌も英文査読誌のJapanese Economic Reviewと,年次大会の発表などをまとめた書籍が毎年1冊あるのみだ。

私が日本心理学会に入会したあと,まず驚いたのはその活動の多彩さである。学術大会での発表数は非常に多く,研究発表のみならずさまざまな企画セッションやシンポジウムが開催されている。主催・後援のイベントも多数開催されている。その中でも『心理学ワールド』はさまざまな人に読みやすくデザインも優れた機関誌で,一際印象に残っている。前置きが長くなってしまったが,私なりの視点から『心理学ワールド』の中からいくつか特集を紹介したい。

94号(2021年)の小特集は「政策と心理学」であった。分野外の方には感覚が掴みづらいかもしれないが,経済学は政策科学としての側面が大きい。このため,心理学と政策はどのように関わるのだろうと考えて手にとった。中身を見ると,4記事中の3記事が「ナッジ」に言及していた。ナッジとは行動科学の知見を用いた人々の行動を変える手法の総称であり,行動経済学と関わりの深い概念(ただし,行動経済学=ナッジでは全くない)である。行動経済学は心理学から発想を得た領域であり,経済学はもともと政策と関係が深い。このため,心理学は行動経済学を経由して政策に伝わっているのかもしれないと感じた。とはいえ,行動経済学で扱っている心理学の概念はその一部に過ぎない。個人的には,現状のナッジでよく紹介されるトピックのほかにも,心理学で扱われている研究は政策応用が可能なものが多いように思える。今後は心理学のさまざまな概念が政策にも応用されるようになると良いのではないかと感じた。

私が入会する前の特集になってしまうが,82号(2018年)の小特集「クラウドソーシング─心理学データの新しい姿」はとても参考になった。心理学は一次データの収集が経済学よりも進んでおり,経済学者は周回遅れでデータ収集方法を学んでいる現状がある。クラウドソーシングでの収集にも一歩先をいっており,本特集は非常に参考になった(記事を参考に,『日本労働研究雑誌』に「インターネットを利用した『経済実験』の動向と展望」を執筆した[2])。

このように,『心理学ワールド』は(行動)経済学者にとっても,情報収集のために有用な媒体である。今後の発展を祈念している。また,経済学も政策やビジネスの現場とも関わりが深くなっていることから,研究活動を伝える媒体がより求められるだろう。経済学でも同じような媒体を作れないかと考えたい。

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