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UXデザインの領域から

大西 まどか
フェンリル株式会社 UXコンサルタント

大西 まどか(おおにし まどか)

Profile─大西 まどか
博士(生涯人間科学)。専門は視覚科学,心理物理学。2021年より現職。人間中心設計思考に基づいたWebサービス開発や研究・調査コンサルティングに従事。

ユーザー体験(User eXperience: UX)は,ユーザーがサービスや製品を通じて得る体験のことです。私は視覚科学の研究で学位を取得した後,民間企業でUXコンサルタントとして働いています。サービスやアプリの企画に携わり,ユーザーの状況や課題を調べて,課題を解決したり,新しい価値を楽しんだりできるように体験設計をするのが主な仕事です(この原稿はプライベートの時間で書いています,念のため)。

ユーザー理解が非常に重視される職域にいることもあり,心理や行動,視聴覚の特性など,学ぶべきことやアップデートすべきことは尽きません。多職種の仲間たちやクライアントとの連携もふくめ,『心理学ワールド』で扱う話題はすべて貴重な情報の宝庫です。

大学院で感覚・知覚心理を勉強していた私には,最初はどうやって自分のスキルを役立ててよいかわかりませんでした。心理物理学的測定法を使ってユーザーを幸せにする先輩の記事(65号「心理物理とロービジョンケア」2014年)を読んで,勇気をもらったのを覚えています。

病気などでいきなりロービジョンを抱える方も多くいます。本を読んだり,孫の楽しそうな写真を眺めたりといった,今まで当たり前にできたことができなくなって落ち込んでいるロービジョンの方をターゲットユーザーとして,よりよいユーザー体験を提供するサービスを設計するなら,どんなものがよいでしょうか。例えばつらい気分をやわらげるカウンセリングサービス? 地域の福祉サービスにつながりやすいような,キュレーションサービスなども考えられるかもしれません。

田中先生たち視能訓練士がユーザーのために提供しているのは,「適切な支援機器を提供することで,できることを増やす」ことです。できることが増えれば,不安な気持ちが低減するかもしれません。ユーザーの課題を解決し,より豊かな生活を支援する強力なサービスといえるでしょう。

そのユーザー体験を支えるのは,心理物理学的測定法や基礎的な視覚科学の知見です。視覚情報処理には,空間周波数解析をする過程があると考えられています。文字も表情も,まわりの景色も,どんな周波数をどのくらい感度良く受け取れるかによって全く見え方が異なります。コントラスト感度測定や,実際に見るであろうものと似た性質をもつ刺激(文字・文章・顔など)を使った見え方の評価が行われています。

視覚の特性と,刺激の関係で見え方が異なるということは,刺激側の工夫も重要であることを意味しています。デザインの現場にいると,アクセシビリティ配慮の話はよく上がるのですが,輝度コントラストをピクセル値から算出した相対値で計算するなど,かなり簡略化されていて,歯がゆい思いをすることも少なくありません。ユーザーはそれをどんなデバイスで見るの? 画面の大きさは? ユーザーと画面の距離は? 照明はどんなふうに当たるのか? これらの条件によって,必要とされる輝度コントラストはかなり異なるはずです。

視覚科学の基礎知識をそのまま伝えても,デザイナーにはうざったく感じられるでしょう。自分たちのデザインにケチをつけられたと感じる可能性すらあります。渡邊先生が紹介されていた「研究を編集する」という視点を参考に,コミュニケーションの方法を考えているところです(96号「研究を編集し他者との関わりの中に価値を生み出す」2022年)。先生はこのような立場を「中心的ではない」と謙遜しておられましたが,研究の価値の伝え方に迷っていたり,学際的な分野で活躍したいと考えていたりする方にとって,光明となる考え方であると感じます。

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