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考古学の領域から

中園 聡
鹿児島国際大学 国際文化学部 教授

中園 聡(なかぞの さとる)

Profile─中園 聡
九州大学博士後期課程,同文学部助手等を経て現職。博士(文学)。著書に『文化情報学事典』(共編,勉誠出版),『認知考古学とは何か』(共編,青木書店)。

『心理学ワールド』に初めてふれたのは,66号特集「集める心」(2014年)の原稿を書いたときだった。それまであまり意識していなかったのはうかつだったが,ともかくも特集の着眼点に感心した。以来,ときどきは本誌をフムフムと見ている。最近,考古学の学部2年生が初めてのゼミ発表で,73号「先史時代の右・左」(2016年)をとりあげた。右と左。普遍性のある問題だ。認知考古学者の松本直子さんの執筆とはいえ,初手から心理学方面に書かれたものを見つけてきて論じるとは愉快だ。本誌の影響力を感じつつ,以前の受け身の自分を反省した。もっとちゃんと読もう。

物質的な痕跡から過去の人の行動を復元し,人間の理解へと導いていくのが考古学だから,「心」とその仕組みの問題は今後ますます避けて通れないと思う。そして,現代人的行動の出現のような認知進化の問題は,考古学者や人類学者も踏み込んでいくべき課題だ。現代人の「心」ど真ん中の研究はもちろんだが,進化という意味では他の種との比較による理解も重要だろう。そんなわけで,例えば進化の隣人に関する本誌の記事にも自然と目がいく。

71号「動物の勇気─動物に利他的なヒーローはいるのか?」(2015年)は,タイトルからして引きつけられる。動物,とくに霊長類の利他行動の記事で,実験を通じた説得力のある話が出てくる。チンパンジーは他の個体が要求したら道具を取ってあげられるが,要求がないのにわざわざ取ってあげるようなお節介はしないそうだ。著者の山本真也さんは,飼育下では見られるが普通はしない類人猿の行動について,先日の講演で「できるけどしない」という印象的なフレーズを使っておられた。初期人類はどうだったのだろう。考古学者は,物事の起源や変化を痕跡からたどることに執念を燃やすが,過去のヒト族の潜在的な能力を痕跡から把握するのは難問だ。そういえば,タイの土器作りを調査した際に真似て作ってみたら,もう見ていられないという感じでベテランたちが寄ってきて教えてくれた。人を人たらしめているそんな積極的な利他行動は,「人とは何か」に迫る鍵の一つだろう。進化的な獲得過程への興味は尽きない。

81号「チンパンジーの絵から芸術の起源を考える」(2018年)も,ワクワクした。「絵を描く心の基盤とはなにか」「芸術する心はなぜ生まれたのか」という深遠な問いへの考察が平易に書いてある。チンパンジーと人間の子どもで「画風」が違うらしい。両者の比較から,言語,「見立ての想像力」,概念化の問題などにふれ,写実的(知覚的)な絵は子どもが描く記号的な絵の延長にはない,と喝破されている。ホモ・サピエンスは,芸術的行動の出現に代表される数万年前の「創造性の爆発」「文化のビッグバン」から写実的な絵画が登場する「文明」まで,気の遠くなるような時間がかかった。そんな人類史や,ヒトの認知・身体・技術の関わりと変化を考える大切な手がかりが芸術といえそうだ。いつか,先史時代の小さな子どもが描いた「頭足人」は発見されるだろうか。

芸術といえば,54号「モナリザの視線」(2011年)のような知覚に関する記事も,私たちには有用だ。目が追いかけてくるように感じる「モナリザ効果」。巧みな解説もさることながら,広く知覚に関する知見は,過去の人々の考察にあたり立脚できる基盤となる可能性があるだけに,私たちも動向を注視すべきことに改めて気づかされた。現在,モニタ表示など応用技術の展開もあり,博物館展示などでも使えそうだ,などと考えていたら,モナリザ効果は当の『モナリザ』では起きないというショッキング?な論文にも出会えた。

心理学の世界へいざなうきっかけ,インターフェースとしての本誌を今後も楽しみたい。

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